原発のこと

またしても原発のことで恐縮です。

チェルノブイリ原発事故と同クラスのレベル7という、最大級の事故評価が今月12日に出されました。しかし、17日には事故収束に向けた工程表が東京電力から発表され、6~9ヶ月で安定した状態を取り戻す旨の見通しが示されました。

四十九日も済み、この工程表が発表された事で、当初と比べればマスメディアの扱いも少なくなり、事故の被災地も福島1県のみといった印象が感じられます。

だが実際はどうなのか。
いろいろと情報を注視しながら、興味深かった動画などをご紹介したいと思います。

まず、3年前に放送された50分のドキュメンタリー番組です。

原子力に期待してこの道を選び、実際に研究を始めてその危険性や胡散臭さに気づいた研究者たちの記録です。安全・推進一辺倒のなかで、あえて原発のネガティブな側面を明らかにして警鐘を鳴らし続けるその生き様には、敬意を表せざるをえません。(50分)

なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜
http://video.google.com/videoplay?docid=2967840354475600719#

次は、上記のドキュメンタリーで取り上げられているお一人、小出裕章さんの、3月20日に山口県で行われた講演です。その真摯で誠実な佇まいとデータを駆使した論理的なお話は、強い説得力を持って聞くものに迫ります。(1時間45分)

【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』
http://www.youtube.com/watch?v=4gFxKiOGSDk&feature=player_embedded

なお、小出さんは、毎日放送ラジオ「Radio News『たね蒔きジャーナル』」という番組のインタビューで、時々刻々変化する事故状況の推移について語られており、その模様はユーチューブにアップされいつでも聞くことが出来ます。
http://www.youtube.com/watch?v=QfMsauUspfI&feature=player_embedded

また、23日(土)には、「愛川欽也パックインジャーナル」に電話出演、現状を語られました。

愛川欽也パックインジャーナル4/23(土)「原発事故20キロ以内封鎖」
http://www.youtube.com/watch?v=Wmv-brxh-Uw&feature=player_embedded

”異端”の研究者のもう一人、今中哲治さんは、3月28、29の両日、飯館村の130地点で空気中や土壌で放射線量を測定。その衝撃的な結果を発表されました。

原発震災から子どもたちを守れ!~専門家・市民による独立放射能汚染調査報告と要請~http://www.ustream.tv/recorded/13964934
(動画中39分ごろから今中さんの報告が始まります)

飯館村「人が住めるレベルではない」 京大助教らが現地調査(04/14 北海道新聞)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/285811.html


ところで今、国・文部科学省は、原発労働者の年間の許容被曝量と同じ、20ミリシーベルトという放射線量の基準を、校庭など、幼稚園や学校の屋外で子供が活動する際の基準として福島県に提示しました。信じ難い話です。

校庭活動に放射線基準…文科省、福島県に提示へ(4月10日 読売新聞)

文部科学省は、校庭など、幼稚園や学校の屋外で子供が活動する際の放射線量の基準を近く福島県に示す方針を固めた。
 同県内では、一部の学校で比較的高い濃度の放射線量や放射性物質が検出されており、体育など屋外活動の実施可否について早期に基準を示す必要があると判断した。

 同省などによると、基準は、児童生徒の年間被曝許容量を20ミリ・シーベルト(2万マイクロ・シーベルト)として、一般的な校庭の使用時間などを勘案して算定する方針。原子力安全委員会の助言を得た上で、大気中の線量基準などを同県に示す。基準を超えた場合、校庭を使用禁止にし、授業を屋内だけに限るなどの措置をとる案も出ている。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110409-OYT1T00912.htm

このことについて、住民が撤回するよう関係当局(文部科学省、内閣府原子力安全委員会)の担当者と交渉を行った様子がアップされています。一見に如かず、まさしく信じ難い様子が展開されます。

子どもの安全基準、根拠不透明〜市民の追及で明らかに(前編)
http://www.youtube.com/watch?v=jnOD55uLA7c&playnext=1&list=PL786E4F5C0019DABC

子どもの安全基準、根拠不透明〜市民の追及で明らかに(後編)
http://www.youtube.com/watch?v=DUhlamqSQXg&playnext=1&list=PL38AC6038BCB165B7


そして、こんな記事がありました。

ロシア科学者が警告。今後50年間に40万人のガン患者が、東電福島原発の半径200kmで発生の可能性(Japan Today 4月18th, 2011)

Japan Today によると、ロシアのChris Busby (欧州放射能リスク委員会メンバー)は、日本の文科省などが公表しているデータを元に推計すると、今後50年間に福島第一原発から半径200km圏内で40万人規模のガン患者が発生する可能性があると分析している。200kmだと首都圏も含まれる。(by Alexey V Yablokov)

 筆者のYablokov氏は、同教授の試算は、今回の事故で放射能で土壌汚染が起きたことによる健康への影響を分析したもの。教授は、この推計値は、影響を最小化する政府の戦略次第で、それよりも低くも、高くもなり得るとしている。ただ、過小評価するのは、過大評価することよりも、より一層危険だと警告している。
チェルノブイリ事故の経験から明らかなことは、元の生活に早急に戻ろうとすることは不可能で、「ポストFukushima」の現実を受け入れる必要があるとしている。必要となる主要な対策として以下の項目を提言している。

1. 避難地域を少なくとも50km圏に拡大すること

2.食
品の追加的蓄積を避ける間、個人の健康を保護するための対策を講じるべきだ。具体的には、圏内のすべての人に対して、すべての放射性物質の被爆の状況を、少なくとも週一回のペースで定期的に計測する。人体を保護するため放射能防護の装置や装備を配備する。食品への放射能物質の多くの添加がある。

3.土壌汚染地域での安全農業のための対応策を立案すること。牛乳の再処理、肉の放射能浄化、バイオフエルなどを活用した農業の転換。これら放射能抵抗を備えた農業への展開は費用がかかるので、補助金を付ける必要がある(通常の農業よりも30~40%費用増の可能性)

4.医療体制の全面改革。新たな医療センターの成立が必要だ。放射能汚染によって被爆した人あるいは、長期の影響が懸念される人々を診察し、ケアする体制の確立。遺伝子検査をする医療コンサルも含む。

5.チェルノブイリからの教訓として得られるもっとも効果的な方法は、汚染地域での生活復興を支援するために、特別の省庁横断的組織を設立することだ。新組織は、省レベルでも、委員会レベルでもいい。汚染地域で起きる様々な問題を処理するために、特に最初の期間はこうした横断的組織の活動が必要となる。
http://financegreenwatch.org/jp/?p=1313

 フクシマは長期戦です。
心穏やかならぬ日々が続きます。

 

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一月を経てもなお・・・(続)

もう少し続けます。

原子力発電といえば、最先端のテクノロジーという印象があります。しかし、原子炉建屋やタービン建屋内という発電所の放射線管理区域内で行われる最前線の現場での作業は、テクノロジーなどとはほど遠いもののようです。そしてそれは、随分以前から指摘されていたことでもありました。

近代科学・技術の最先端をいくといわれている原発だが、そうはいっても実際に原発を動かしているのは人間なのだ。それも、中央操作室で計器類を監視し、スイッチを押す電力会社社員は、そのほんの一部であって、人数面からも仕事量からも、下請労働者の方が圧倒的に多い。つまり原発は、下請労働者の存在があってはじめて原発として稼働することが可能なのである。言いかえれば、現場の最前線に送りこまれ、放射能にまみれて働くことを強いられている労働者たちの存在を無視して原発を語ることはできない、ということなのだ。

原発ジプシー』(堀江邦夫著1984年講談社文庫)に収められた「単行本あとがき」(1979年現代書館刊)に書かれている言葉です。

原子力発電は安全なものなのか。疑問を持った著者は、自ら一人の下請け労働者となって、美浜・福島第一・敦賀の各原子力発電所で働き、放射線被爆の危険な作業にも従事した。その具体的な体験と事実への考察から、科学の虚妄を剥いで、原発の恐ろしさを告発し、未知の実態を伝える画期的なドキュメント。」(裏表紙の惹句)

 1978年9月から7ヶ月間にわたった原発作業員としての日常。文字通り命を賭して書き上げられた渾身のルポルタージュです。今回の事故後再読して、安全という言葉から遠くかけ離れたその現場の危うさや、被曝と真向かう作業員の日常に今更ながら足の竦む思いで、原発という存在の不条理をあらためて強く感じます。

なお、福島第一原発の章中「明け方の5時ごろ、地震で目を覚ます。かなり長いあいだ揺れていた。日中は強風が吹き荒れ、東北線が一時不通になった。」という記述があり、それは3月11日!でした。

当時の労働者の被曝実態を、イギリスのチャンネル4がドキュメンタリーとして1995年に放送しており、ネット上で見ることが出来ます。 

隠された被曝労働〜日本の原発労働者〜(26分)
日本の原発労働者の現実を伝える。
http://video.google.com/videoplay?docid=4411946789896689299#

 ところで、福島第一原発の現場作業の苛酷さが、マスメディアでも取り上げられるようになりました。
福島第1原発 『ババ引くのは作業員』嘆く下請け社員
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000003-maip-soci

福島第1原発 作業員の被ばく線量 管理手帳に記載せずhttp://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110421k0000m040166000c.html?inb=yt

 極限状況の最前線で苦闘する原発労働者(TVニュース)
http://www.youtube.com/view_play_list?p=BDC001F61FC269D3 

そして、『原発ジプシー』が書かれた時代や、イギリスのTVドキュメンタリーで描かれた時代と何一つ変わっていない事に、クリーンであることをひたすら喧伝してきた原子力発電所の、窺い知れない深い闇に暗澹たる思いがします。 

原発作業員の造血幹細胞保存を、日本人医師グループが提言http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2795880/7096251

 「造血幹細胞採取は不要」と原子力安全委 作業員の命より政治的配慮かhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110403-00000502-san-pol

そして、チェルノブイリ原発事故処理作業者の知られざる現実
放射性物質、放射線の危険性を全く知らされずに作業した労働者は、強い放射線を浴び、放射性物質を体の中に取り込んでしまった。そして、被曝(被ばく)した彼らは・・・
サクリファイス(チェルノブイリの犠牲者) The Sacrifice (24分)

 

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一月を経てもなお・・・

余震が続いています。しかもその震源の範囲は広がり、「政府の地震調査委員会によると、『大震災後、東北から関東・中部地方にかけての16地域で地震活動の活発化がみられる。規模の大きい余震への備えが必要だ』と述べた」とあり、
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110412/dst11041223330072-n1.htm

また「震災後、全国13の活火山が活発化 専門家『注視』」という記事や、http://www.asahi.com/science/update/0324/TKY201103240469.html
 「この異常さに連動するように全国20の火山も活発に活動しだした」との記事が出ています。http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110409/dst11040922110074-n1.htm 

人間の思いや日々の営みなどとはいっさい関係なく、地球は、自然は、変化を続けています。 
活動期に入った環太平洋地震帯の、それもいくつものプレートがせめぎ合う複雑極まりない所にある日本列島に住む私たちにとって、地震や津波の脅威は、どうやら隣り合わせの自然として付き合っていかざるを得ないものなのでしょう。そういう自然との葛藤や向き合い方が、今回の大震災で海外から賞賛されているような、日本人の心性を育んできたのかもしれません。

ノーベル賞作家のパール・バックが、日本を舞台に描いた『つなみ』(1947年作)という作品で、大津波にあって親を亡くした友人の少年に思いを馳せ、危険と隣り合わせに生きることについて「日本に生まれて損したと思わんか?」と問う息子に、漁師の父親はこんなふうに答えます。

人は死に直面することでたくましくなるんじゃ。だから、わしらは死を恐れんのじゃ。死は珍しいことじゃないから恐れんのじゃ。ちょっとぐらい遅う死のうが、早う死のうが、大した違いはねえ。だがな、生きる限りはいさましく生きること、命を大事にすること、木や山や、そうじゃ、海でさえどれほど綺麗か分かること、仕事を楽しんですること、生きる為の糧を産み出すんじゃからな。そういう意味では、わしら日本人は幸せじゃ。わしらは危険の中で生きとるから命を大事にするんじゃ。」と。
http://pliocene.seesaa.net/article/106924971.html

その猛然たる脅威と、豊かな実りで生をはぐくむ自然に、ひとびとは、畏れ、いつくしみ、謙虚に折り合いをつけながら生きてきました。だから、未曾有の被害をもたらした今回の地震と津波からの復旧も、そして復興も、時間は掛かるかもしれませんが、必ず成し遂げられていくものだと思います、自然のもたらした災害だけであったなら・・・。

ヨウ素131、セシウム137、自然界には存在しない人工の放射性物質(原子炉内で核分裂により生成)ストロンチウム90、コバルト60、そして猛毒プルトニウム、・・・。福島第一原子力発電所の、チェルノブイリ原発事故を凌ぐ可能性すらある最悪事故が立ちはだかっています。漁師の父親が言う危険の中に、こんな元素の名前など入るはずもありません。

原子力発電所は、それ自体が反自然です。そして使用済み核燃料という放射性廃棄物の処理方法すら決まっていない核のゴミを、プルトニウムの半減期2万4千年を持ち出すまでもなく、気の遠くなるような時間、管理を怠れないという1件だけを取ってみても、この日本列島に54基もの原発の乱立を許してきた私たちの無責任と曖昧さを痛感せざるをえません。そして核のゴミは、運転が続く限り大量に生み出され、常に一触即発の危険を孕み続けます。

このひと月、事故の推移が気に掛かり仕事も手につかぬ有様が続いています。当サイトには似つかわしくない内容ですが、日々、祈るような気持ちで被災地の民謡が唄い込む言葉を書き連ねながら、そしてそれぞれの地域の、地元の方たちがここをこそ観て欲しいと掲載されている観光地の写真を眺めながら、さらには今、子どもたちが外で遊べないという、まさしく反自然を強いられる原発周辺の状況を目にし耳にしながら、原発の乱立を許してきた反省を踏まえ、運営者の独断でこの記事をアップします。原発は不要です。 

 

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網延唄(あみのしうた) 茨城県民謡

(ハ ヨーイ延(ノ)せ ヨイーヤ延せ)

延せや 延せ延せ(コラショ)
大目の目延し
(ハ ヨーイ延(ノ)せ ヨイーヤ延せ)
延せば 延すほど(コラショ)
アレサ 目が締まる
(ハ ヨーイ延(ノ)せ ヨイーヤ延せ)

私ゃ湊の 荒浜育ち
波も荒いが 気も荒い

沖の瀬の瀬で どんと打つ波は
皆(みんな)あなたも 度胸定め

一丈五尺の 艪を押す腕に
濡れて花咲く 波しぶき

小間(こま)の十四も 大目の網も
切れりゃ網師の 手に掛かる

船は新造で 船頭さんは若い
大漁されたや お船主

磯の小岩に どんと来る波は
出船見送る 胸を打つ
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

国営ひたち海浜公園みはらしの丘

茨城県観光物産協会公式HPより

 


 
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南部牛追唄 岩手県民謡

田舎なれども サァー ハァエ
南部の国はヨー
西も東も サァーハァエー
金の山 コーラ サンサエー

今度来る時ゃ 持って来ておくれ
奥の深山の 梛(なぎ)の葉を

さても見事な 牛方浴衣
肩に籠角 裾小班(こぶち)

沢内三千石 お米の出処
つけて納めた お蔵米

江刈葛巻 牛方の出処
いつも春出て 秋戻る

肥えた牛コに 曲木(くまき)ょ鞍コ置いて
金の生る木を 横付けに

大志田歯朶(しだ)の中 貝沢(かいざ)野畑
まして大木原(おおきばら) 嶽の下

牛よつらかろ いまひと辛棒 
辛棒する木に 金がなる
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

中里七ツ舞(岩泉中里の児童たち/南部牛追唄全国大会会場前) いわいずみブログより



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チャグチャグ馬コ 岩手県民謡

馬コ嬉しか 岩手山(おやま)へ詣ろ
金の轡に 染手綱
 「チャグチャグ馬コ もの言うた
  母様(じゃじゃ)も居ねから お入(へ)れんせ」

去年祭に 見染めて染めて
今年ゃ背中の 子と踊る

おらが馬コも 三国一よ
嫁コしゃんと曳け 人が見る

皐月柳の 北上川へ
鈴コチャグチャグ 音がひびく
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より




チャグチャグ馬コ初詣 滝沢村役場HPより

  

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外山節 岩手県民謡

外山街道に 笠松名所
名所越えれば 行在所(あんざいしょ)
(コラサノ サンサ コラサノ サンサ)

私ゃ外山の 野に咲く桔梗
折らば折らんせ 今のうち

おれと行かねか あの山陰さ
駒コ育てる 萩刈りに

あんこ(若衆)行かねが あの山越えて
わしと二人で 蕨採り

蕨折り(売り)折り 貯めたる金コ
駒コ買うとて 皆使(つか)た

南部外山は 山中なれど
駒コ買うなら 外山に

私ゃ外山の 一重の桜
八重に咲くきは 更にない

私ゃ外山の 日陰の蕨
誰も折らぬで ほだとなる
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より


姫神山 岩手県観光ポータルサイトより

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沢内甚句 岩手県民謡

沢内三千石 お米(こめ)の出処(でどこ)
(ハイハイトー キタサ)
つけて納めた コリャお蔵米
(ハイハイトー キタサ)
 大志田歯朶(しだ)の中 貝沢野中
 (ハイハイトー キタサ)
 まして大木原(おぎわら) コリャ岳の下
 (ハイハイトー キタサ)

沢内三千石 お米(よね)の出処(でどこ)
升で量らねで 箕で量る
 月の夜でさえ 送られました
 一人帰さりょか この闇に

沢内三千石 所の習い
姉が妹の 仲人する
 甚句踊りの 始まる時は
 箆(へら)も杓子も 手につかぬ

沢内三千石 冷水がかり
まけて給れや ご検見殿(けみどの)
 折れぬ花とは そは思わねど
 一枝折りたや あの花を

沢内おばこの 焼いたる炭は
赤くなるほど 熱が出る
 浮世離れた 牧場の小屋で
 牛に添え寝の 草枕
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

湯之沢裸まつり(長松垢離とり) 西和賀町役場HPより

 

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気仙坂 岩手県民謡

気仙坂 ヤーハエ
七坂八坂 九坂
十坂目に ヤーハエ
鉋を掛けて 平らめた
それは 嘘よ ヤーハエ
御人足をかけて 平らめた
ヨイト ソーリャ
サーノーナー ヨーホエ 

どこの旦那様(えなさま) ヤーハエ
今朝の寒(しば)れに どこさ行く
姉コ騙しの 帯買いに
帯コ買うならば ヤーハエ
地(ぢよ)よく幅よく 丈長く
結ぶところは 鶴と亀
鶴と亀 ヤーハエ
下がるところは 下がり藤
目出度いところは 祝い松
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より


気仙川アユ釣り解禁 陸前高田市観光物産協会より

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閖上(ゆりあげ)大漁祝唄 宮城県民謡

今朝の日和は 空晴れ渡り
(チョイ チョイ)
波静かエー
(アリャエー エノソーリャ)
浜は 大漁だエー
(ハァ エンヤサー エンヤサ)

船出せ出せと
乗り子も揃い 出(いで)て行く

歌え踊れよ 
大漁祝い たんと飲め

鮪鰹(しびかつ)混じりで
一万行李(こごり) 積み込んだ

お目出度うよ
五色の印 立て揃え

網袋(すど)船いずこか
まねぎを揚げて 呼び寄せる

東南(いなぎ)の沖から
近づき来るは 鮪(しび)と鰹(かつ)

乗り場はどこ
金華山(おやま)の近く 急ぎ行く
注=「まねぎ」とは船を呼ぶときの沖印。
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

ゆりあげ港朝市 写真提供:宮城県観光課

 

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宮城野盆唄 宮城県民謡

ハァー ヤーレン
竹に雀は 姿(しな)よく止まる
(ハァ ドウシタネ)
踊り上手は「踊り上手は」
サァー 目に止まる
「ハァハ 踊り上手は アレサー 目に止まるヨー」
(ハァ ソウトモソウトモ ソウトモネ)

踊り上手と 噂の種を 
まいて嬉しや 恥ずかしや

揃た揃たよ 踊りが揃た
笛や太鼓の 音(ね)も揃た

冴える太鼓に 広がる踊り
広い野原も 狭い様だ

音頭取る声 山まで響く
青葉山まで 冴え冴えと
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

青葉区の田んぼ 写真提供:宮城県観光課

 

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長持唄 宮城県民謡

(里方を出る時)
ハァー 笠をナー 手に持ちヨー
ハァー さらばと言うて
重ねナー 重ねのヨー
ハァー 暇乞いナァーエー

両手ついては 両親(ふたおや)様よ
永のお世話に なりましたぞえ

さあさお立ちだ お名残惜しや
今度来る時ゃ 孫連れて

(途中のめぼしい所で)
私ゃ嫁(ゆ)きます あの山越えて
花の故郷 後に見て

(婚家に近づいて)
今日は日もよし 天気もよいし
結び合わせて 縁となる

蝶よ花よと 育てた娘
今日は晴れての お嫁入り

(婚家について)
箪笥長持 嫁諸共に
二度と返すな 故郷に

故郷恋しと 思うな娘
故郷当座の 仮の宿
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

伊豆沼の朝の鳥の群が舞う風景 写真提供:宮城県観光課

 

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大漁唄い込み 宮城県民謡

 <斎太郎節>
(エンヤー ドット エンヤー ドット)
松島の サーヨー 瑞巌寺ほどの
(ハァ ソレソレ)
寺もない トーエー
(アレワエー エイトソーリャ)
(ハァ ドッコド)
大漁だエー
 前は海 サーヨー 後ろは山で
 (ハァ ソレソレ)
 小松原 トーエー
 (アレワエー エイトソーリャ)
 (ハァ ドッコド)
 大漁だエー

石巻 その名も高い 日和山
西東 松島遠島 一眺め

富山は 高さも高い 名所山
見渡せば 八百八島 眼の下に

塩釜様の 御門の前の 八重桜
咲き乱れ 浮名も辰巳 西の町
(遠島甚句)
 リャ リャ リャ リャ
 (ハァ ヨイヨイ ヨイトナ)

 ハァ 三十五反の  (ハァ ヨイトサッサ)
 ハァ 帆を巻き上げて
 行くよ仙台  (ハァ コラサノ サッサ)
 オヤサ 石巻  (ハ ヨーイヨーイ ヨーイトナ)

押せや押せ押せ 二挺艪で押せや
押せば港が 近くなる

遠島どこよと かもめに聞けば
黄金花咲く 金華山

沖でかもめの 鳴く声聞けば
船乗り稼業は 止められぬ

ぜひに一度は 来て見やしゃんせ
わしが国さの 松島へ

泣いてくれるな 出船の時に
沖で艪櫂が 手につかぬ

船は出てゆく 朝日が昇る
かもめ飛び立つ にぎやかさ

南風(みなみ)吹かせて 船下らせて
元の千石 積ませたい
*歌詞は、「日本の民謡東日本編」(長田暁二、千藤幸蔵編著、教養文庫)より

金華山(空撮) 写真提供:宮城県観光課

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