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北九州市立視聴覚センター

DVD/図書館・ライブラリーの最新情報です。

DVDの新たな収蔵先は、姐さんの第二の故郷、北九州市
姐さんが芸者修行に励み、野口雨情藤井清水らと出会って歌手デビューするその下地を作った小倉の街。

北九州市立視聴覚センターは、この小倉の街の中心、北九州市庁舎小倉北区役所小倉城天守閣松本清張記念館などに隣接し、北九州市立中央図書館に併設されています。

姐さんがボートを漕いだ紫川がすぐ側を流れ、姐さんの武勇伝や恋愛模様など、恐らくは数々のエピソードが刻まれた土地の記憶が、この地を歩きそしてそこに建つライブラリーで本作を観賞する時、きっと幻影のように立ち上がってくるかもしれません。

あの姐さんの『小倉節』。
そして映画のなかで、姐さんへの思いと『小倉節』のエピソードを紹介し自ら披露して頂いた本條秀太郎さんの名唱!

納まるべきところに納まったという、感慨一入のものがあります。
ぜひ、お近くの図書館にリクエストをお願い致します。
なお、お問い合わせは以下にお寄せ下さい。
●Eメール koume-nehsan@mail.goo.ne.jp


カテゴリー: 2.DVD情報, お知らせ | 2件のコメント

「日本の民謡」(NHKFM)

 15日放送の「日本の民謡」(NHKFM)を聴きました。

今回放送された「日本民謡ヤングフェスティバル2011全国大会」で、若い人たちの素晴らしい歌唱を聴く事が出来ました。そして、民謡を自らのものとする若い世代が、確実に存在していることをあらためて実感させられました。ほんとうに素晴らしい!

そこには、彼らを見守り育てる大人たちと共に、当然ながら同世代の聴き手や応援する人たちが、それぞれまだ小さな輪であっても必ずいるはずです。その輪の中には、お姉ちゃんお兄ちゃんの凄さ素晴らしさ華やかさを目の当たりにして、民謡の魅力に目覚める幼い子どもたちもいるでしょう。

その輪の広がりは、そして世代を繋いで守り育てていくのは、こと民謡に限らず今を生きる大人たちの責任であることを痛感します。さらに今回の放送を聴きながら、中でもマスメディアの果たす役割の大きさを強く感じます。

そういう意味でも、現在、マスメディアの中で唯一(?)民謡を取り上げているNHKさんには、ぜひとも頑張り続けてほしいなあとつくづく思ったことでした。聴いているのは、言うまでも無くコアなファンだけではありません。民謡を好きになるかもしれないそのとば口に立つ、老若男女の多くのリスナーがいます。

さて、姐さんの唄に変わって一曲目、「黒田節」と紹介されました。2番の唄が始まって間違いに気がつきました。この唄の正確な題名は、姐さん自ら作詞したという歌詞を2番に当て、感謝の意を込めて「祝い唄黒田節」として発表されたものです。

     (2番)君が晴れ着の御姿に 戯れ遊ぶ鶴と亀
        今日の良き日は君がため 寿祝うてめでたけれ

 そして、キャプションともいうべきアナウンサーによる言葉の情報が、あまりにも少ないことに気が留まりました。これまで感じた事はありませんでしたが、いったん懐疑の耳になると必要以上に異質なものまで聴き込んでしまいます。

説明や紹介よりも、少しでも曲を聴いて頂きたいということなのかもしれませんが、もう少し、ホンの少しの丁寧さが欲しいと思いました。

例えば、故人の唄を紹介する際、特に姐さんのように同じ曲を何度もレコーディングしているような場合には、その唄がいつ発表されたものか、あるいはレコーディングされたものか、せめて年代だけでも言い添えて頂ければと思いました。何故なら年代によって歌唱が違い、今回の三曲は、歌手としては晩年のものです。

ヤングフェスティバル」と銘打たれた大会の放送の締めくくりに、姐さんのこの晩年の三曲が選ばれた理由の説明が、ほんの少しでも付け加えられていたらと思いました。そして、これはあくまでも管理人個人の感想である事をお断りしたうえで、なんとなく残念な、切ない思いで聴き終えました。

祥月命日の日に 

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1月15日、姐さんの唄が流れる!!

年始早々、朗報が届きました。
姐さんの唄が、ラジオで流れます。
それも3曲!! 

黒田節」「おてもやん」「久留米そろばん踊り
すべて映画にも使った姐さんの代表曲、九州のウタです。

番組は、
NKK-FM「日本の民謡」-日本民謡ヤングフェスティバル2011全国大会-(2)

放送は、
1月15日(日)11:00~11:50
1月23日(月) 5:00~ 5:50(再放送)

番組のトリを飾って、最後に流れるそうです。
詳しくは、NHKホームページの番組表をご覧ください。
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2012-01-15&ch=07&eid=89227

そして、この朗報は、これまでも度々情報をお寄せ頂いている民謡歌手・小沢千月さんのホームページ「民謡 小沢千月」の管理人様から届きました。

今月17日は、姐さんの祥月命日
その前後に、電波に乗った姐さんの代表曲が全国で流れる!
素晴らしい供養になりそうです。

映画にとっても、2012年は“冷温停止状態”から少しは脱却できるかもしれませんね!

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2012年

幕開けは、やはり民謡から始めましょう。ネットで耳にしたラジオ番組です。
MBSラジオ Radio News“たね蒔きジャーナル”

放送のタイトルは「心に響く相馬民謡」(1月6日、計約16分)
一昨年の日本民謡協会全国大会で、「相馬木挽き唄」を唄い優勝した松本幸雄さんが電話インタビューに応え、優勝した唄の録音が披露されます。

番組の案内です。
「きょうは福島県南相馬市にお住まいの松本幸雄さん(83歳)に電話をつなぎます。松本さんは相馬民謡の名手で全国大会優勝するのどの持ち主。原発事故で避難した時のこと、すっ­かり人の減ったまちのこと、毎年楽しみにしていた柿がもう食べられないことなどをお聞きします。一時は唄う気持ちを失いかけた松本さんですが、去年も大会に出場。前向きに­生きていこうとされています。もちろん、松本さんの唄も皆さんにお聴きいただきますので是非お楽しみに。」
2012/0106 [1/2]たね蒔きジャーナル 「心に響く相馬民謡」
http://www.youtube.com/watch?v=4r6KrZmGhas&feature=mfu_in_order&list=UL
20120106 [2/2]たね蒔きジャーナル 「心に響く相馬民謡」
http://www.youtube.com/watch?v=MS-Jz1MiB8c&feature=autoplay&list=UL4r6KrZmGhas&lf=mfu_in_order&playnext=1

そしてもうひとつ。
同じ“たね蒔きジャーナル”で放送された「福島県浪江町の民話の語り部大阪に避難」(1月5日、計約21分)

番組の案内です。
きょうは、福島県浪江町から堺市に避難してきた民話の語り部・吉川裕子さんをスタジオにお招きします。吉川さんの家は、福島第一原発から7キロのところにあり、現在は警戒区域で立ち入り禁止となっています。今夜は、浪江町に伝わる民話とご自身の被災体験を福島弁で語っていただきます。仙台出身の千葉猛アナとの東北弁トークをお楽しみください。
20120105 [1/2]たね蒔き「福島県浪江町の民話の語り部 大阪に避難
http://www.youtube.com/watch?v=YjAi-Z2Sd_o&feature=mfu_in_order&list=UL
20120105 [2/2]たね蒔き「福島県浪江町の民話の語り部 大阪に避難
http://www.youtube.com/watch?v=ODfNjI55ryA&feature=related

民謡、そして方言――。
民俗学者の柳田國男は、水田稲作を基盤とする定住農耕民を指して常民という言葉をあてました。民謡の松本さん、民話の吉川さんのお話や唄を聞きながら、柳田が示したその<常民>という言葉が思い出され、その豊かさをあらためて感じさせらました。そして一方で、このクニの形がやはり少しずつ溶け始めているような思いにどうしても捉われてしまいます。


本年も、どうぞよろしくお願い致します。

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続々このサイトについて

どういうキーワードでこのサイトに訪れられたのか、今回はそのご紹介です。

ただ、これまでの地名の場合と違って、ひとつの言葉で検索がかけられるだけではなく様々な言葉が付け加えられたり、あるいは歌詞の一部を引用したりといった具合で、なかなか簡単ではありません。
例えば「小梅姐さん」の場合、その前後に「映画」や「DVD」、「筑豊」などの地名が加えられるなど、けっこう多岐に渡ることになります。そこで、20日までの総数2117種類のキーワードの上位300を単一の言葉に集約して、以下ベスト50を紹介いたします。なお、訪問数の右横に記した10件の数字は、実際のキーワードによるベスト10です。

いずれにしろ、意外な結果が出る事になりました。
3月11日のあの大震災以降、本サイトの趣旨を外さない形で出来るメッセージとして、3月26日の「会津磐梯山」を皮切りに、被災3県と茨城県の民謡を、その歌詞と写真、時にはそのウタも聴けるようにして16曲まで、祈りを込めてアップを続けました。もっともっと続けたいという思いはありましたが、様々な情報を通して日々目の当たりにする福島原発の極めて深刻な事態を少しでも共有したいと、この震災と原発事故に注視する記事の投稿に舵を切りました。その、3.11以降に投稿したこれら16曲や被災地の民謡をキーワードにした訪問数が、圧倒的に上位を占めたのです。

映画の完成から4年半、確かに今、映画『小梅姐さん』は“冷温停止状態”が続いています。そして先日からご報告している一連のデータも、今年2月のサーバー変更後のものです。また、原発事故の情況は、変わっていないどころかますます深刻化の度合いを深めているようです。この東北の民謡へのアクセスにはいささか感傷的な感慨すら抱いてしまいます。

それでは、以下ベスト50です。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。

 

キーワード

 

訪問数

1.

赤坂小梅

150  ①140

2.

閖上大漁節

110

3..

相馬土搗き唄

100

4.

小梅姐さん

93  ②60

5.

大漁唄い込み

83  ③45

6.

新さんさ時雨

67  ⑥33

7.

宮城野盆唄

61  ⑨26

8.

チャグチャグ馬コ

53

9.

nhk日本の民謡

56

10.

相馬甚句

51   ④42

11.

相馬二遍返し

47   ⑦31

12.

原釜大漁祝い唄

46

13.

二葉あき子

43  ⑤37

14.

相馬盆唄

39

15.

網のし唄

38

16.

壁塗り甚句

36

17.

石投甚句

34

18.

秋の山唄

34  ⑩26

.

外山節

33

20.

気仙坂

32

21.

小倉のまちづくりを考える会

31  ⑧28

22.

小倉節

28

.

新相馬節

28

.

南部牛追唄

28

25.

小梅

26

.

宮城県 民謡

26

27.

沢内甚句

24

28.

手嶋秀昭

23

.

天草 民謡

23

30.

岩手県 民謡

20

31.

koumenehsan

17

.

相馬流れ山

17

33.

未来の世界

16

34.

小倉音頭

14

35.

常磐炭鉱節

13

.

みんよう春秋

13

.

福島県 民謡

13

 

日本の民謡

13

39.

創作炭坑節 cdr21

12

.

永田信代

11

41.

原釜大漁節

10

.

炭鉱節

10

.

宮城長持唄

10

.

北九州spレコードを聴く会

10

45.

塩釜甚句

 

お立酒

 

東ツヤ子

48.

茨城県の民謡

 

川筋会

 

杵屋勝松

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続このサイトのこと

前回、海外からのアクセス状況をご報告し、次は国内からのアクセスについてすぐにでもご紹介するようなニュアンスで書き留めていましたが、またしてもひと月遅れてしまいました。その間さらに500件ほどのアクセス数を加え、海外からも15件、そして新たにニュージーランドからのご訪問がありました。

というわけで、今回は国内からのアクセスの内訳をご紹介いたします。20日現在353都市を数え、国内万遍なくご訪問頂いているようです。一概に言えるものではもちろんありませんが、民謡の底力のようなものを感じさせてくれる思いが致します。

以下は、そのベスト100です。

     都市    訪問数
1.Fukuoka     663
2.Yokohama   
252
3.Kyoto      
237
4.Shibuya     
231
5.Shinjuku     
202
6.Osaka      
167
7.Minato      
152
8.Nagoya     
134
9.Sendai      
128
10.Oita        
116
11.Chiyoda      
98
12.Saitama      
96
13.Itabashi      
93
14.Kobe        
91
15.Kitakyushu    
79
16.Hiroshima   
68
17.Morioka     
64
18.Kumamoto     
60
19.Chiba       
58
20.Sapporo      52 

21.Shizuoka      50
22.Koriyama    
42
23.Kanazawa    
40
24.Tagawa     
38
24.Mito        
38
26.Okayama     
36
27.Kawasaki     
34
28.Kagoshima    
30
28.Maebashi    
30
38.Nagasaki     
30
31.Chuo      
 28
31.Setagaya    
28
33.Utsunomiya 
 26
34.Niigata    
  25
34.Kasugabaru
   25
34.Funabashi    
25
37.Ichikawa     
25
38.Fukushima   
24
38.Gifu        
24
40.Bunkyo      
23
40.Mishima     
23
40.Toyama     
23
43.Naniwa      
22
44.Yamaguchi   
21
44.Yamagata    
21
46.Nishinomiya 
19
47.Nagano      
18
47.Naha         
18
47.Saga         
18
47.Kochi         18

51.Narashino    17
51.Matsuyama   
17
53.Nerima      
16
53.Meguro      
16
53.Kawaguchi  
16
53.Nara        
16
57.Sagamihara 
15
57.Takamatsu  
15
59.Tsukuba     
14
59.Kashiwa   
14
59.Kofu        
14
62.Wakayama   
13
63.Shinagawa   
12
63.Hamamatsu 
12
63.Fuji        
12
63.Ryugasaki  
12
63.Aomori      
12
68.Ota         
11
68.Ise          
11
68.Musashino   
11
71.Taito        
10
71.Fukui       
10
71.Ageo        
10
71.Adachi      
10
71.Kusatsu     
10
71.Shinkawa   
10
71.Akita      
10
71.Tsuchiura
  10
71.Himeji     
10
71.Takachiho 
10
71.Tachikawa 
10
82.Iizuka       

82.Fuchu        

82.Miyazaki     

82.Matsudo     

82.Suginami    

82.Nakano      

88.Fussa        

88.Shimonoseki 

88.Odawara     

88.Tokushima   

88.Matsue      

88.Hachioji     

88.Yokosuka    

88.Toyota       

88.Sakai        

88.Yokkaichi    

98.Numazu     

98.Tateyama    

98.Tanash      

98.Kurume     

98.Otsu         

98.Kakogawa   

 

 

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このサイトのこと

本年2月18日、昨年から進めていたサイトの移行が完了し現サイトが新たにスタートしました。3.11という未曾有の震災を経て今日まで9ヶ月、『小梅姐さん』そのものの動きと軌を一にするように更新も滞りがちで、今回、8月29日の「日本の民謡」以来しばらくぶりの投稿です。

通常これだけ動きのないHPでは、コメント欄にいわゆるスパムといった迷惑メールが投稿され荒らされたりするのですが、もとよりスパムメールなどを送る人々の関心を惹かないのかほとんどありませんでした。かといって一般の方のコメント投稿もありませんので、本サイトそのものがもはや世間なるものから忘却を余儀なくされたのか、あるいは、3.11以降の原発事故に対するコメントが過ぎたのか、いささかの失意と不安がありました。

というわけでこの間の本サイトの状況を調べてみると、2月18日の再開以来、11月14日現在4625件のアクセスがカウントされており、しかも震災以降は、連日20件から30件超を記録し、若干の上下動はあるもののそれは9月の半ばあたりまで続いていました。しかも、このサイトへのアクセスの興味深い事実がいろいろと窺い知れ、せっかくなのでその事を少し記録に留めておくことに致しました。

まず、何より興味深く、しかも意外だったのは海外からのアクセスです。
なんと17ヶ国!75件!

また、国内では沖縄から北海道まで全国から訪れて頂いており、本サイトに訪れるための検索キーワードも、「小梅姐さん」や「赤坂小梅」はともかく、民謡のタイトルから歌詞、人名など実に多岐にわたっています。今日は、何より海外からのアクセス、17ヶ国の内訳をご紹介いたします。

1.ブラジル 23件<リオグランデ・ド・スル州(ペロタス市Pelotas19件を含む)>

2.アメリカ 22件<カリフォルニア州5件、ハワイ州4件、ニューヨーク州3件、オレゴン州、ミシガン州、ジョージア州、メリーランド州、ニュージャージー州、バーモント州各1件>

3.韓国 9件<ソウル7件、忠清南道大田広域市(テジョンこういきし)、忠清南道天安市(チョナン市)各1件>

4.中国 6件<西安2件、大連、上海、広東省南部珠海市、広西チワン族自治区梧州市各1件>

5.
(not set5件)

6.イギリス、ドイツ、台湾、香港各2件

7.
インド、オーストラリア、オーストリア、カナダ、スリランカ、スロベニア、デンマーク、ベネゼーラ、ポーランド各1件

もちろんこれらのアクセスや地域が、ネットサーフィンの中での通りすがりのものなのか、あるいはスパム攻撃の根拠地を示すものなのか、俄かにはわかりません。検索キーワードの中には、上位100件中に、koumenehsanが15件あり、その他、koumeakasakakoume、なども確かにあります。いずれにしろ、ここでは国際的な関心の広がり、あるいは海外在住日本人や日系の皆様の関心を示すものとして、ロマンチックに考えたいと思うことに致しました。

 

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「日本の民謡」

聴きました。NHKFM「日本の民謡」50分。
ここのところ民謡に限らず、しかも何となく音楽そのものから遠ざかっていたので、こんなふうに自覚的に聴いたのは久しぶりのことでした。

しかも御三家揃い踏み。
唄声の姿とでもいうのでしょうか、三者三様のウタへのアプローチ、解釈。
絶品の趣をあらためて感じました。もちろんほかの唄もみな。

放送曲順                              
「佐渡おけさ(新潟)」   村田文蔵(3分15秒)
「佐渡おけさ(新潟)」   勝太郎(2分50秒)
「越中おわら節(富山)」  江尻豊治(3分05秒)
「正調 安来節(島根)」  二代目 お糸(3分25秒)
「伊那節(長野)」     市丸(2分35秒)
「淡海節」         志賀廼家淡海(3分25秒)
「徳島盆踊唄(徳島)」  お鯉(3分00秒)
「黒田節(福岡)」     赤坂小梅(2分50秒)
「ひえつき節(宮崎)」   奈須稔、大矢美保子(3分25秒)

嗚呼!、やっぱり<ウタ>っていいですね。
そしてラジオでの放送ということが、録音ではなくリアルタイムで聞くということが、たとえばCDなどで聴くパーソナルなものと違って、多くの人たちがそれぞれの聴き方でこの同じ時間を共有しているというマスメディアのひとつの特質を、どういうわけか今回、ある種の高揚感を持って再確認することになりました。
何かしら嬉しい思いで聴きました。

そして、ゲストの三隅治雄さん。
以前、NHK教育テレビの大学講座で半年間、毎週楽しみに聴講していたことを思い出します。テーマは「芸能の成立と伝承」。実に刺激的で面白い講座でした。テキストを引っ張り出してみたらなんと1981年10月~1982年3月。もう一度、嗚呼!という感じです。

再放送は、 9月5日(月) 5:00~ 5:50amです。
詳細は、以下をご参照下さい。
http://www.nhk.or.jp/minyo/nihon/index.html

 

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二葉あき子さん

二葉あき子さんが亡くなられました。

「フランチェスカの鐘」、二葉あき子さん死去
読売新聞 8月16日(火)11時11分配信 YAHOO!ニュース

「水色のワルツ」などのヒット曲で知られる歌手の二葉あき子(ふたば・あきこ、本名・加藤芳江=かとう・よしえ)さんが、16日午前3時30分、急性心不全のため亡くなった。
96歳だった。告別式は18日午前11時、広島市西区南観音8の10の8平安祭典広島会館。喪主は孫、英紀(ひでき)氏。
広島市生まれ。東京音楽学校(現東京芸大)を卒業。1936年にコロムビアの専属歌手として、「愛の揺籃(ゆりかご)」でデビューした。その後、「夜のプラットホーム」「恋のアマリリス」などの曲が相次いでヒット。哀調を帯びた歌声で、敗戦の暗い世相にうるおいを与えた。
広島に原爆が投下された日、故郷で乗った列車がトンネルを通過中だったため、被爆を免れた経験を口にしていた。そのため、平和への思いは人一倍強く、代表曲の一つ「フランチェスカの鐘」は、原爆犠牲者への鎮魂歌として歌い続けてきたという。

取材を始めた06年、二葉さんがご存命で広島にいらっしゃることがわかりました。
ただ、ご高齢でインタビューは無理と聞き、直接の取材はあきらめたのですが、それでも何とか二葉さんの姐さんへの想いをご紹介したいと、二葉さんのご著書「人生のプラットホーム -歌ひとすじに生きて-」(東京新聞出版局)より、その一文をパンフレットに掲載しました。

以下は、パンフレットに掲載した全文です。

尊敬する先輩、大好きな歌手仲間は大勢いるが、私が心の底から惚れた人は赤坂小梅姐さんである」という、二葉あき子さんが当日の思いを記されています。

「昭和五十六年四月二十七日、曇り。
私は日記をつけたこともないのに、その日のお天気まではっきりと記憶している。
私は信じられない気持ちのまま「引退記念公演」が行われる国立劇場へやってきて、二回公演の二回とも切符を買って客席に座った。楽屋へはお顔を見るのが悲しくて行けない。
・・・姐さんは「黒田節」を歌われた。
八十キロもあった堂々たる姐さんが、普通の人よりもやせていた。糖尿病、高血圧、じん臓病・・・に右足骨折の大ケガ。足を引きずっておられたが、歌手生活五十年、七十五歳になっても往年のウグイス芸者の艶の声は落ちていなかった。
姐さんはいつも「歌えなくなったら命をとって下さいって、神仏にお願いしてるの」といっていらした。
(お姐さんは歌えなくなったんじゃない。病気とケガで引退されるのだ)私は流れる涙と鼻をハンカチでかんだ。公演後、パーティがあった。姐さんのファンの政財界の大物、歌舞伎の猿之助、梅幸さんや、長谷川一夫先生も出席されていた。
私はこんな華やかな席ではいつも片隅でジュースぐらいしか飲まないのだが、その日はめちゃくちゃにお酒を飲んだ。いつか偉い人たちやお客さまの姿も私の眼中から消えていた。
私はお姐さんがあいさつに立たれたとたん、その前に飛び出して、「おねえさん、やめないで!」「おねえさん、やめないで!」と泣きながら大声で叫んでしまった。
私はパーティの席から外へ出されてしまった。」
二葉あき子著「人生のプラットホーム -歌ひとすじに生きて-」(東京新聞出版局)より

二葉さんは、上記のニュース記事にもあるとおり原爆が投下された当日、定刻より遅れて出発した広島発7時45分、芸備線上り806普通列車の乗客として、中山トンネルというわずか150メートルほどの小さなトンネル内で午前8時15分を迎え、まさしく奇跡的に被爆を免れたという。「私は、その汽車が時間通りには出ず、何分か遅れたことをかすかに記憶している」。「この偶然の遅れが、その直後、広島を見舞った原子爆弾の閃光から私と806便に乗っていた全乗客の命を救った。」(同書)

生死の明暗を分けた奇跡的な偶然。このエピソードは、一方でこうした偶然に左右されざるをえないほどに死と向き合わざるを得なかった戦時下の情況と、皆殺しを必須命題とする原爆の非情を語ってあまりあります。

しかも当時日本は、この原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していたというのです。空襲警報すら出されていません。さらに原爆投下後から、国は1300人を超える医師や科学者で調査団を組織、治療に当たるどころか原爆の“効果”を調査してその膨大な結果を、たとえば731部隊を隠蔽する目的のために、すべてアメリカに渡していたというのです。何をか況や、です。

以上について、二本の優れたドキュメンタリー番組が放映されました。
未見の方は、この機会にぜひご覧下さい。

終戦記念日≪NHK渾身の必見映像≫
- 隠されていた知られざる真実。そして、今また同じ過ちを、我々は繰り返すのか?
福島原発事故の責任問題にも連なる『この国に潜む深い闇』

NHKスペシャル「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報」(58分
http://www.dailymotion.com/video/xkev97_yyyy-y-y-yyyyyyyyyyy_shortfilms#from=embediframe

広島・長崎あわせて20万を超える人々の命を奪った原子爆弾。これまで日本は、アメリカが原爆攻撃の準備をしていることを知らないまま、“想定外”の奇襲を受けたとしてきた。しかし実際は、原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していたことが、新たな証言と資料から明らかになってきた。日本軍の諜報部隊が追跡していたのは、テニアン島を拠点に活動するある部隊。軍は、不審なコールサインで交信するこの部隊を、「ある任務を負った特殊部隊」とみて警戒していたのだ。8月6日、コールサインを傍受した軍は、特殊部隊が広島に迫っていることを察知。しかし、空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。そして9日未明、軍は再び同じコールサインを傍受、「第2の原爆」と確信した。情報は軍上層部にも伝えられたが、長崎の悲劇も防ぐことはできなかった。
番組では、広島・長崎への原爆投下を巡る日本側の動きを克明に追う。情報を掴みながら、なぜ多くの人々が無防備のまま亡くならなければならなかったのか…。原爆投下から66年、その問いに初めて迫る調査報道である。(解説より)

NHKスペシャル 「封印された原爆報告書」(54分)
http://www.dailymotion.com/video/xkjxmq_nhksp

アメリカ国立公文書館のGHQ機密資料の中に、181冊、1万ページに及ぶ原爆被害の調査報告書が眠っている。子供たちが学校のどこで、どのように亡くなったのか詳しく調べたもの。200人を超す被爆者を解剖し、放射線による影響を分析したもの…。いずれも原爆被害の実態を生々しく伝える内容だ。報告書をまとめたのは、総勢1300人に上る日本の調査団。国を代表する医師や科学者らが参加した。調査は、終戦直後から2年にわたって行われたが、その結果はすべて、原爆の“効果”を知りたがっていたアメリカへと渡されていたのだ。
なぜ貴重な資料が、被爆者のために活かされることなく、長年、封印されていたのか? 被爆から65年、NHKでは初めて181冊の報告書すべてを入手。調査にあたった関係者などへの取材から、その背後にある日米の知られざる思惑が浮かび上がってきた。
番組では報告書に埋もれていた原爆被害の実相に迫るとともに、戦後、日本がどのように被爆の現実と向き合ってきたのか検証する。 (解説より)

二葉あき子さんのご冥福を衷心よりお祈りいたします。

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久々!姐さんの唄声が…

ほんとうに久しぶりの、姐さんの話題です。
やっと姐さんの唄声が、ラジオで聴けそうです。

以前このサイトでご案内し、そして3.11大震災の影響で延期を余儀なくされていたNKK-FM「日本の民謡」:なつかしの名人芸特集[西日本編]が、いよいよこの夏に再放送されるようです。

放送予定は、8月28日(日)11:00~11:50
 
        9月5日(月) 5:00~ 5:50(再放送)
タイトルは、「日本の民謡」:アーカイブス特集[西日本編]となっています。 

姐さんの唄はもちろん、「『黒田節』といえば小梅、小梅といえば『黒田節』」の十八番『黒田節』
ラジオの電波に乗って聞こえて来る姐さんの唄声は、この時期、感慨も一入のものがあるのではと今から楽しみです。

詳細は、NHKの民謡番組ホームページ「民謡なんでも広場」に放送予定が掲載されています。
ご参照下さい。http://www.nhk.or.jp/minyo/ 

なおこの情報は、今回もまた民謡歌手・小沢千月さんのホームページ民謡 小沢千月の管理人様から届けて頂きました。

相変わらず頻繁に起きている余震と思われる東日本の地震、最近では西日本でも活発化したのか地震告知のメッセージの度合いが増えています。http://www.hinet.bosai.go.jp/hypomap/
原発も先行き不透明のまま、暗雲晴れそうにもありません。

先にも書きましたが、ウタが聞こえる、ウタが唄えるという日常の、そのかけがえのない日常のことをかみしめながら、放送を待ちたいと思います。

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2011年3月24日
2011年3月19日

 

 

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SF、近未来の世界へ

厳しい暑さが続いたら、一転して今度は台風。そしていよいよ放射能は全国に広がりをみせはじめ、なでしこジャパンの活躍に胸を熱くし世俗の憂さをひととき晴らしてくれはしたものの、それを伝えるテレビの画面は地デジ化を急げと、画面上下の字幕だけでも鬱陶しいのに、さらに画面の中にまで入り込み左下ほぼ9分の1を使ってあと何日と字幕が重なろうがお構いなし、国民の知る権利をすら奪う勢いで恫喝紛い。クロスオーナーシップのせいなのかどうなのか、この世紀の愚挙を新聞は何一つ批判する事もなくついに目前。人皆唯々諾々、いささかオーバーに言えば、日本人の「『一億玉砕』という世界の歴史にない」(鶴見俊輔)恐るべき事態に突き進んだあの経験が、ふと頭をよぎる今日この頃です。 

というわけで久しぶりの投稿は、結局今回もまたますますその広がりが明らかになっていく放射能汚染のことなど、原発事故について少し留めておこうと思います。  

ここのところ連日、福島県産の肉牛から国の暫定基準値を超えた高濃度の放射性セシウムが検出され、全国のかなり広範囲に流通、一部は消費されたというニュースが報じられています。  

その前には、原発から60キロの福島市の子どもの尿から、セシウムが検出されたというニュースが関心を集めました。また、放射性がれきやその焼却灰の拡散など、放射能汚染の広がりは全国に及んでいることが次第に明らかになりつつあります。  

スーパーホットスポットを次々発見 放射能汚染に新事実、この数値を見よ!全国1000ヵ所を独自調査http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11933  

10万ベクレルまで大幅引き上げ=福島の放射性がれき埋め立て基準-環境省
http://ceron.jp/url/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110714-00000142-jij-pol  

こうした汚染の広がりと、そして被ばくは、もはや3.11を境に世界が変わったとすら言えるほどの事態を、私たちの上にもたらしているようです。それは、この日本という放射能に汚染された列島で生きるという覚悟、汚染を引き受けるという覚悟、にもかかわらず、否、それゆえにこそきちんと展望する未来への覚悟が求められている、ということなのでしょう。  

この被ばく、特に食品の放射性物質の暫定基準値について、厚生労働省が暫定基準値(飲食物摂取制限に関する指標)を出し、発表当初から、その基準の甘さ、というより異常さが指摘されていました。  

異常すぎる日本の「暫定基準値」 乳児に与える飲料の基準は国際法で定められた原発の排水より上 http://news.livedoor.com/article/detail/5591773/   

日本では乳児で1リットルあたり100ベクレル、成人でヨウ素300ベクレル セシウム200ベクレルと定められている。これだけでは一見どういった数字なのか分からないが、この数値と比べるとどれだけ異常な数字なのかが分かる。  

なんと国際法で定められた原発の排水基準値は1リットルあたりヨウ素40ベクレル、セシウムは90ベクレルまでとなっている。つまり、乳児の暫定基準値ですら、現在の日本では原発の排水より高い放射性物質が残留しても良いという設定値になっているのだ。  

つまり政府が定めた数値を守るだけなら、原発の排水で作ったミルクを幼児に飲ませて良いということになる。ちなみにWHOで定められた平常時の飲料の基準は1リットルあたり1ベクレルまでなので、それに比べると乳児ですら100倍まで基準が高められているのである。  

また、野菜の暫定基準値についても1キログラムあたりヨウ素2000ベクレル、セシウム500ベクレルと設定されているが、これもWHOが定めた餓死を避けるための非常事態の数値、1000ベクレルの2倍ほどの数値だ。いくら暫定的な数値とは言え、事故以前に定められていた餓死を避けるための数値より高い放射性物質が残留している食品の流通が許可されているとは、非常に恐ろしいことではないだろうか。 
参考「世界もおどろく日本の基準値2000ベクレル」 
http://kingo999.web.fc2.com/kizyun.html  

実は、この数値を決定するにあたって、3月25日に行われた食品安全委員会の議事録からいささか不可解な質疑が行われていることが明らかにされています。  

食品の放射性物質の暫定基準値はどうやって決まったか 
http://katukawa.com/?p=4467  

津金専門委員と滝澤専門参考人は、5mSv(10mSv)は健康に問題が無いので妥当であるという立場。10mSvまでの被曝は無害なので、その水準までの被曝に対策は不要という立場です。一方、中川専門参考人は、あくまで公衆被曝は1mSvが基本だが、現在の危機的状況を考えると基準をあげるのはやむをえないという立場です。中川専門委員の判断の妥当性を、ここでは論じることができません。なぜなら、現状がどれほど危機的な状況かという情報を、我々は知らされていないからです。中川専門委員は、原子炉の状態を始め、我々一般国民が知り得ないレベルの情報を持っています。その上で、高度な専門知識を駆使して、「公衆被曝限度の1mSvを大幅に上げなさい・・・そうでなければ生きていけない」とまで、断言しているのです。この言葉はものすごく重たいです。ぎりぎりの危機対応を迫られている状況にもかかわらず、その情報が国民と共有されていないという点に、私は不満を持ちます。   

そして、政府と東電は、5月12日に1号機のメルトダウンを、同24日に2,3号機のメルトダウンを認めました。しかも2号機は地震発生から約101時間後、3号機については約60時間後に起こしていた発表しています。 
政府・東電の発表に批判的な専門家は、事故当初からメルトダウンの可能性を指摘していましたし、原子力安全委員会の斑目委員長は、5月16日の記者会見で、1号炉のメルトダウンを認めた後、 
3月下旬に2号炉のタービン建屋の地下で高濃度の汚染水が発見された時点で、我々は少なくとも2号炉は、はっきりいってメルトダウンしていたとの認識がある。燃料が溶けなければあのような高濃度の汚染水は発生しない。ちなみに2号炉でそうなので、1号炉、3号炉についても、事故の経緯をみると同じ様な事が起こっているだろうと言う事は想像していたところだ」と述べた。(5月16日excite.ニュース)http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20110516/Ncn_2011_05_1-23.html

 日本は、SFの世界で描かれてきた核戦争後と同様の近未来を、いよいよ現実として生きる時代に入ったようです。 
放射線被ばくの影響について、大変わかりやすいインタビュー記事がありました。もはや日本に住む者にとって、こうした知識は必須のものになってしまいました。以下全文を紹介いたします。  

牛肉からも高濃度の放射性セシウム検出 放射能が身体に与える影響を考える
――崎山比早子 元放射線医学総合研究所主任研究員・高木学校メンバーインタビュー
早川幸子 [フリーライター] 2011年7月15日
 

福島第一原子力発電所の事故から4ヵ月が経過した。当初、漏れ出た放射能による汚染は福島原発周辺の市町村だけと伝えられていた。しかし、その後の自治体などの調査で、国が定めた避難区域以外にも一般の人の年間被ばく限度を超える可能性のある汚染地域が存在することが明らかになり、住民は不安をつのらせている。 

6月6日、筆者が共同主宰する「日本の医療を守る市民の会」では、被ばくについての正しい知識を市民に届けるために、元・放射線医学総合研究所主任研究員で医学博士の崎山比早子氏(「高木学校」メンバー)に改めて放射線が身体に与える影響についてインタビューした。 

被ばくに安全な「しきい値」など存在しない

――福島第一原発事故の対応策として、国はこれまで1mSv(ミリシーベルト)だった一般の人の年間被ばく限度を、緊急時ということで20mSv(暫定基準値)まで引き上げました。福島の母親たちを中心とした運動によって、子どもの被ばく限度は1mSv以下を目指すことになりましたが、避難地域に指定されていない伊達市や川俣町などには年間被ばく量が外部被ばくだけで20mSv以上に達する地域が点在しています。低線量被ばくは「CT検査1回分の線量だから大丈夫」「広島の原爆被害者の調査でも100mSv以下ではがんは増えていません」という専門家もいますが、本当に健康への影響はないのでしょうか。

  放射線被ばくの障害は、被ばくした線量によって急性障害と晩発障害に分けられます。一度に大量の放射線を浴びると、短時間で嘔吐、下血、吐血、紫斑、脱毛などの急性障害が現れますが、いちばん軽い症状はリンパ球や白血球の一時的減少です。これが出始める100~250mSv付近が、急性障害の「しきい値」(この線量以下ならば被ばくしても急性症状がでないという値)となっています。
 福島第一原発事故のあと、テレビで政府関係者や専門家が「ただちに健康に影響を及ぼす線量ではないから安心」と繰り返したのは、この急性障害を引き起こすような線量ではないということでしょう。
 100~250mSv以下の低線量被ばくは、すぐに目に見える形で健康被害が出るわけではありません。だからといって安全なのではなく、被ばく後、数年~数十年たってから、がんをはじめとしたさまざまな病気になる危険性があるのです。これを晩発障害といいます。
 アメリカの原爆障害調査委員会(ABCC)が始め、その後、放射線影響研究所が引き継いだ広島原爆被爆生存者約9万人に行った生涯追跡調査によると、がんの他に、心疾患、脳血管疾患、消化器疾患、呼吸器疾患も増加することが明らかになっています。この人たちの平均被ばく量は200mSvですが、半数以上は50mSv以下です。とくに、がんの死亡率は被ばく線量が多いほど増加しますが、この線量以下ならば被ばくしても害はないという「しきい値」は見つかっていません。
広島・長崎の被爆者追跡調査は世界でも信頼性の高い研究として評価されており、国際放射線防護員会(ICRP)もこの調査結果に基づいて「発がんには『しきい値』はない」という勧告を出しています。また、米国科学アカデミー(BEIR VII)、国連科学委員会(UNSCEAR)、欧州放射線リスク委員会(ECRR)も、低線量被ばくの「しきい値なし直線説」を採用しています。それなのに、日本の医療者の中にはABCCの調査結果を無視するような発言をする人がいるのです。もしも「100mSvで害がない」というなら、この調査を上回るしっかりとした科学的根拠を示すべきだと思います。

 ――1986年のチェルノブイリ原発事故のあとで、子どもの甲状腺がんが増えたと聞くのでとても心配です。どれくらいの割合で増えたのでしょうか。

  チェルノブイリ原発の事故が起こる前までは、ベラルーシ共和国では小児の甲状腺がんは年間数人でした。ところが、事故の4年後の1990年には15歳未満の子どもの30人程度に甲状腺がんが見られるようになり、1995年には90人近くまで増えています。これは原発事故の影響といって間違いないでしょう。

 ――被ばくをすると、なぜ、がんになるリスクが増すのでしょうか。

  がんは遺伝子の異常によって起こる病気で、複数の遺伝子の変化が積み重なってできるものです。がんが高齢者に多い病気なのは、長く生きている間に環境中にある化学物質、放射線などによる変異が蓄積するからで、環境中に放射能が増大すると、その変異を促進すると考えられています。
 人間の身体は約60兆個の細胞によってできており、細胞は日々生まれ変わっています。ひとつひとつの細胞には身体の設計図となるDNAがあり、細胞が分裂するときは設計図通りに複製されて新しい細胞に伝えられます。放射線を浴びると、このDNAに傷がつきます。細胞はDANの損傷を修復しようとしますが、複雑な損傷で、数が多くなると修復できなくなります。
 1999年に東海村で起きたJCO臨界事故では、作業員の方が1万7000~2万mSvもの高線量の被ばくをし、修復不可能なほどDNAに損傷を受けました。本質的な治療は切断されたDNAを正しくつなぎ合わせることですが、そのようなことはできるはずもありません。被ばくの当初はほとんど異常がないように見えましたが、細胞が入れ替わる時期から皮膚がむけおち、腸管からの下血、感染症が始まりました。そして、最新の治療を受けましたが、83日後に亡くなりました。主治医は「医療の限界を痛感した」と言っています。
低線量の被ばくでも、本質的に細胞に与える損傷のメカニズムは同じで、身体の設計図であるDNAに傷をつけてしまうということです。年間被ばく量1mSvということは、1年かけて全身の細胞のDNAに平均して1本の放射線が通るということを意味します。そのときにできた傷が正しく修復できないと、異変をもったままDNAが複製され、次の細胞に受け継がれていくことで、将来的にがんを発症する可能性がでてきます。20mSvの被ばくだと平均20本の放射線が通ることになり、それだけDNAが損傷されて異変の可能性が高まり、発がんのリスクも高まることになります。
 さらに、放射線被ばくの影響は、がんだけではなく、さまざまな病気の発症にかかわっているという研究データもあります。

 セシウムの高線量地域では子どもに高血圧、糖尿病、白内障などの症状が見られる

――被ばくによる障害は、がんのほかに、どのようなものがあるのでしょうか。

  1997年にベラルーシ共和国のゴメリ州で、10歳までに死亡した子ども52人を病理解剖して、セシウム137の臓器別蓄積量を調べた研究論文があります。(Bandazbervsky Y.I. Swiss Med Wkly 133,2003)

  日本の専門家の中には「セシウムは骨格筋にしか蓄積されない」という人もいるのですが、この論文によると、骨格筋より甲状腺に圧倒的に高いセシウムが蓄積されています。その他、副腎、膵臓、胸腺にも高線量のセシウムが蓄積されていますが、これらはすべて身体の成長や代謝に重要な働きする内分泌系です。ここに高線量のセシウムが貯まると、ホルモン分泌も悪くなったりして、成長を妨げることになります。そのため、なかなか身体が大きくならなかったり、虚弱体質の子どもが増えたそうです。ゴメリ州には糖尿病の子どもも多いのですが、膵臓にセシウムが蓄積することで、インシュリンの分泌に影響を与えていることも考えられます。
 内分泌系以外にも、小腸、大腸、腎臓、脾臓、心臓、肺、脳、肝臓にもセシウムは蓄積しており、呼吸器疾患や消化器疾患を繰り返したり、脳神経疾患、先天異常、白内障などもあるそうです。また、高血圧、低血圧、心電図の異常など心臓血管系の疾患が多いという調査結果もあり、まるで高齢者のような病気を患う子どもがいることにも驚きます。脾臓などの免疫系にも蓄積が見られるので、免疫機能が低下し、感染症を起こして病気になりやすくなります。疲れやすく、ひとりで2つ以上の病気を抱えている子どもが多いのも特徴です。以前は全体の80~90%の子どもが健康だったのに、チェルノブイリ原発事故以降は20%程度しか健康な子どもがいなくなったということです。
 放射性セシウムは、カリウムやナトリウムと似た性質なので、これらが蓄積する器官にはセシウムも蓄積しやすいという考えもありますが、こうした病気が出る原因はまだはっきりとは分かっていません。しかし、チェルノブイリの今は、25年後のフクシマの姿です。私たちはチェルノブイリから多くを学び、子どもたちの健康を守るための努力をしなければならないと思います。

 ――被ばくの影響を少しでも取り除くにはどうすればいいでしょうか。

  放射線の強さが半分に減少するまでの期間(半減期)は、それぞれの放射性物質によって異なります。たとえば、プルトニウム239は2万4100年ですから、呼吸などによって取り込まれると、一生、体内で放射線を出し続けることになり非常に危険です。しかし、セシウム137の物理的半減期は30.2年で、人間の身体の中で実際に減少していく生物学的半減期は100~110日です。さらに、新陳代謝の活発な乳児は、大人の5分の1の期間で放射線量が減少していきます。
 ベラルーシで、汚染のない環境に子どもを移して、汚染されていない食べ物を与えて、体内のセシウムの量を測定したデータがあります。この時、同時にりんごの乾燥粉末(15~16%のアップルペクチンを含む)5gを、1日2回、服用させているのですが、3週間後には体内のセシウムが62.6%減少しています。
 福島のお子さんも汚染のない環境に移住できるのが理想ですが、それが難しい場合は夏休みだけでもいいので、汚染のない地域にいる親戚やボランティア団体が開催しているサマーキャンプなどのところに行かせられるといいと思います。
 チェルノブイリ原発事故によるセシウムの汚染が高い地域で、肉(牛肉、豚肉、羊肉)、きのこ類、ベリー類、牛乳を摂っている人は、これらをまったく摂っていない人に比べて、体内汚染の値が約3倍も高いという研究があります。ロシアとは食文化が違うので、これをそのまま日本に当てはめることはできませんが、肉類や牛乳、きのこ類などを食べるときは汚染がないかどうか注意することが必要だと思います。
 体内被ばくを避けるためには、できるだけ放射能で汚染された食品を食べないようにするしかありませんから、国や行政は食品の放射能測定をもっときめ細かく行うべきだと思います。チェルノブイリ原発事故のときは、放射能汚染の高い地域には汚染されていない食品を送って、優先的に食べてもらおうという運動がありました。日本の一部でも、そのような運動が起こっています。

 ――福島第一原発の事故のあと、「ヨウ素剤は副作用があるので飲まないように」と発言をした専門家もいましたが、ヨウ素剤はそれほど副作用の大きな薬なのでしょうか。

  放射性ヨウ素が体内に入る前から直後までにヨウ素剤を飲めば、甲状腺に入る放射性ヨウ素の93%を抑えられます。しかし、6時間後の服用では10%に減少してしまうので、ヨウ素剤は事故が起きたらすぐに服用することが大切です。
 万一の事故に備えて、フランスやドイツ、ベルギーなどでは、原発の周囲5km以内には各家庭にヨウ素剤が事前に配布されています。ところが、日本の原子力安全委員会のヨウ素剤検討会では、「誤った服用による副作用をさけるために家庭配布はしない」と決めたのです。
 しかし、ヨウ素剤には副作用はなく、チェルノブイリ原発事故のとき、ポーランドでは1050万人がヨウ素剤を服用しましたが、副作用の報告はされていません。日本でも家庭配布していて、爆発後すぐにヨウ素剤を服用していれば、もっと被ばくを避けられたかもしれないと思うと、とても残念です。ただし、飲み過ぎると甲状腺機能を抑えてしまうので、続けて服用するのは避けてください。飲み過ぎた場合は、服用を止めれば元に戻ります。
 こんなにも苛酷な事故が起きたというのに、今だに原発が稼動している地域があります。万一の事故に備えて、ヨウ素剤の配布のあり方は早急に見直すべきだと思います。
http://diamond.jp/articles/-/13135 ダイヤモンドオンライン 特別レポート


 

 「誰かの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」、とは1974年に上梓された『暗闇の思想を』(松下竜一著)の中の言葉です。

この本は、著者の松下竜一氏を中心とする地域住民が、九州北部の瀬戸内海に面する周防灘沿岸を埋立て、一大コンビナートを建設しようとする国策の中核となる電力供給基地・豊前火力発電所の建設に反対し、弁護士をつけない本人訴訟という前代未聞の方法で環境権を訴えた裁判を起こすまでの、その発端からの過程を記録したものです。

裁判には負けたとはいえ、この豊前環境権裁判は、伊達火力発電所建設差し止めを訴えた伊達環境権裁判とともに、日本に「環境権」という概念を確立するために大きな役割を果たしました。

3.11後からずっと気になっていたこの『暗闇の思想を』を、今回「松下竜一その仕事」という松下氏の全集で再読しました。今を撃つ言葉が、37年を経てもなお褪色するどころか、さらに輝きを増して胸に迫ってきます。 

・・・郷土の花を、川を海を山を詠い描きながら、それが破壊されようとする時、闘いの戦列に加わらぬ詩歌人や画家は、いかに作品が美しかろうとニセ者だ。もし今、私たちが沈黙していて周防灘開発を許したなら、公害は幾年かののちの子や孫を苦しめるのである。その時の子や孫にとって、今一見やさしく沈黙して見過ごした父母がやさしかったのか、今一度荒々しく激しく闘ってこれを撃退した父母がやさしかったのか、・・・。(『暗闇の思想を』「第一章始まり~匿名氏よ」より)

 ・・・豊前市議会はほとんど全員一致で賛成した。だが豊前市民は、豊前火力問題を想定して市議を選任したわけではないのだ。彼らに火電賛否の票を預けたわけではない。彼らが火電問題を討議するに十分な知識を有しているとも、市民は信じていない。まして市議の大半は開発に利益関係の深い土建業者で占められているのであってみれば、とうてい一般市民の『声』の代弁者とは呼べまい(同「第三章冬から春へ~暗い冬」より) 

・・・豊前火力に賛成する市民の多くは、むしろ己を良識派だと信じているらしいのだが、それはつまり単なる地域エゴを突き抜けて、『国の発展』を考える大義に立脚しての判断をくだしているのだという自負から発しているのだろう。そこには『国の発展』は疑いもなくいいことなのだという絶対的信奉があり、『国の発展』のためには電力需要急増は必須であり、ゆえに良識的大義に立つほど豊前火力に賛成するのは当然という論理になるのである。(同「第四章論理を模索する旅へ~舌で味わってほしい」より) 

珠玉のような言葉やエピソードなど、紹介したい文章は枚挙に暇がないほどですが、あえて厳しい指摘の部分だけを、それも数例だけ書き写してみました。
そしてこの記録は、「ぼくらは、建つ前も反対だったし、建ち始めても反対だし、煙を吐き始めても反対するのです」(同後記より)という伊達火力発電所反対運動の中心だった医師、斉藤稔さんの言葉で結ばれています。

ついでながら最後にもう一つ、この『暗闇の思想を』が掲載された号の解説(「資本主義の彼岸へ」山口泉著)に引用された文章を。 

「大量消費時代がもてはやされた。技術というものを真面目に考えない、しかも目先の利潤のための技術ばかりがのさばって、人間がひどい目にあう。そこで、なにかというと、許容量ということばで正当化しようとする。許容量という概念は、だいたいが人権を基本にしなければならないものである。それを利潤を基本にした概念に変えてしまっている。
基本的に、なんで自分はそんなひどい目にあわなければならないのか、なんで光化学スモッグなんか吸わねばならないのかという問題、これが人権、人間の権利である。
それに対して、この程度なら安全だとか、この程度なら害はないというようなことを平気で言う。それに許容量という概念を使う。」(武谷三男『市民の論理と科学』より)

これは1975年に書かれたもので、光化学スモッグを放射能に変えれば、全く今!です。
それでは皆様、くれぐれもご自愛を、切に!

 

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100ヶ日を経て

 3.11から3ヶ月、そして100日が過ぎ、今更ながら時の経つその速さを感じざるを得ません。
 この間、メディア等が伝える被災地の現状は、個々の被災者やそれぞれの地域、というふうに細部に向かうにつれその困難さの度合いも、様々な形を取りながら少しずつ顕わになってきているようです。明るいニュースも無いわけではないのですが、福島原発のますます深刻化していく情況を前にすれば、憂鬱な気分が晴れるはずもありません。
 このサイトに似つかわしくない事は重々承知の上で、今回もまた震災と原発事故のことに触れたいと思います。

 気になる数字がありました。
先月5月の自殺者の数が、3281人と前年同月比で17.9%の大幅増に転じたというものです。
<ビデオニュース・ドットコム>
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001925.php


 5月の自殺者数が去年の同じ月より約18%増え2年2カ月ぶりに3000人を超えていたことが、7日に発表された警察庁のまとめでわかった。3月に東日本大震災が発生して以来、2カ月連続で増加しており、震災の影響が懸念されている。<中略>
 災害心理学が専門の広瀬弘忠東京女子大学名誉教授は、震災の影響を直接受けていない首都圏や大都市圏で自殺者が増えていることについて、大都市では元々抑うつ感を持つ人が多く、その人たちが被災地や被災者の様子をメディアを通して見ることで、擬似被災した結果が出ているのではないかと分析する。
 広瀬氏はまた、過去の震災のデータが、仮設住宅への移住などが進み、被災者の災害状況が落ち着き始める半年から1年後に自殺者が増える傾向を示していることに注意を喚起し、被災者が家族や親しい人たちと一緒に住める場所を提供することが、自殺を防ぐために重要になると指摘する。
<後略>

この番組では、08年1月以降、月別自殺者が3000人を超えた月を示しながら議論が進められています。ちなみに上位5位までは以下のとおりです。(動画で視聴可能)

①2011年5月 3281人
②2009年3月 3103人 リーマン・ショック時の年度末
③2008年10月 3092人 リーマン・ブラザーズ破産翌月
④2009年4月 3066人 リーマン・ショック翌年度の初月
⑤2009年5月 3033人 リーマン・ショック翌年の二月目

 辛くて厳しい現実です。
 その後も、震災のストレスに伴うアルコール依存症のことや、知的障害者の「災害関連死」、そして酪農家の自殺など、震災の厳しさを物語るニュースが後を絶ちません。また、生活保護受給者が200万人を突破し、戦後の混乱期並みだというニュースもありました。

被災者のアルコール依存が深刻 Yahooニュース 2011年5月29日
<東日本大震災>懸念高まる飲酒依存 生活激変でストレス
 避難所での生活が長期化する中、被災者の飲酒を巡るトラブルが起きている。
95年の阪神大震災では、家や仕事を失った被災者がアルコール依存症に陥るケースが多数報告された。今後、仮設住宅への入居が進むとともに、周囲からの孤立化が酒への依存を高める懸念もある。専門家は「新たな依存症者を出さないための継続的なケアが必要」と指摘している。
(後略)

震災ストレス? 飲酒運転事故倍増 半数が被災地周辺在住 河北新報 2011年06月03日
 宮城県内で3月11日の東日本大震災の発生後から、5月末までに起きた飲酒運転による事故は18件で、前年同期(10件)に比べほぼ倍増していることが、宮城県警の調べで分かった。 原因について、竹内直人県警本部長は2日の県災害対策本部会議で「大震災のストレスで飲酒の頻度や量が増えているのではないか」と語った。(後略)

原発さえなければ…酪農家が自殺 読売新聞 2011年06月14日
 福島第一原発の事故で、牛を処分して廃業した福島県相馬市の酪農家男性(50歳代)が「原発さえなければ」と書き残して自殺していたことが13日、わかった。(後略)

東日本大震災:知的障害者、相次ぐ急死 避難先で発作など 苦痛、伝えにくく
◇震災後に環境一変
 毎日新聞 2011年6月17日
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で避難した高齢者らが慣れない避難先で死亡する「災害関連死」が問題化する中、原発周辺の入所施設から避難した知的障害者の死亡が相次いでいる。毎日新聞の調べでは少なくとも11~67歳の男女4人が死亡し、中には津波で夫が行方不明となった妻が知的障害者の長男を災害関連死で失うケースもあった。専門家は「知的障害者は苦痛を伝えにくい上、多くは持病などを抱え、長時間の移動や環境の変化が致命的影響を与える場合もある」と警鐘を鳴らす。(後略)

生活保護200万人突破…戦後混乱期並みに 読売新聞 2011年6月14日
 今年3月末現在の全国の生活保護受給者は202万2333人で、戦後混乱期の1952年度以来、59年ぶりに200万人を突破したことが14日、厚生労働省の発表で分かった。
 統計を取り始めた51年度(204万6646人)、52年度(204万2550人=いずれも月平均)に次ぎ3番目に多い。受給世帯数も145万8583世帯で過去最多を更新。東日本大震災で被災するなどで4月末までに新たに生活保護を受けることが決まった世帯が、全国で549に上ったことも分かった。

 そして、今なお深刻な事態が続いている原発事故です。
 放射能汚染の広がりは、今やマスコミも無視できず盛んに報じています。特に子どもたちへの被害はどうなのか、東京新聞が、郡山市の子どもたちの体調異変を報じ、ネット上では、深刻な現実が報告されています。一例のみ紹介します。

東京新聞こちら特報部②-1 2011年6月16日
http://savechild.net/wp-content/uploads/2011/06/69cb3242585ab77658440e1db09d4671.jpg

 ジャーナリスト木下黄太のブログ「福島第一原発を考えます」
≪緊急事態≫喉、鼻、眼、皮膚、下痢、だるい等、異常の有無を周りの人と直ちに話して下さい。http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/be09a6be7e8bf1fa0c2e4d96f66faf07

  チェルノブイリ原発事故を経験した私たち(=人類)は、事故後の実際を今、例えばインターネットを通じて知ることができます。特に子どもたちのありようには胸ふさがれる思いを禁じえません。福島に限らず、今回の事故で被ばくの可能性のある子どもたちの、これからを思うときもまた・・・。

(例)チェルノブイリ事故後急増した小児甲状腺ガン・白血病【福島の未来】
チェルノブイリ小児病棟 ~5年目の報告~(58分)
http://www.youtube.com/watch?v=MUyn9uDCKZU&feature=player_embedded

放射能地図(改訂版)
http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-397.html

 さて、肝心の原発トラブルはどうでしょうか?
 1~3号機でメルトダウンしドロドロになった核燃料を冷却するために、その後処理を考える事もなく注水が続けられ、その高濃度に汚染された水が外にあふれ出すのを防ぐために、切り札の如く発表され報じられた「高濃度放射能汚染水浄化システム」なるものが設置されたのですが、開始したとたんに機器の不具合で再三の停止を余儀なくされるなど、そこには、こうした事態そのものが人類未経験の試練だとして“想定外”とのニュアンスも感じられ、責任を負わないという予防線が張られているような気がしないでもありません。

  しかし、すでに事態は、このシステムが機能しても意味を成さないところまで進んでいるようです。
 冷却材(この場合水)がなくなった状態では、溶融した核燃料は2800℃に達し、厚さが15~16cmもあるといわれる鋼鉄製の圧力容器も、鋼鉄の融点が1600℃らしいので、底に落ちた燃料体は当然それを溶かします。そして圧力容器を包む格納容器も、厚さ約3.8cmの鋼鉄製。しかも1~3号機の核燃料を合わせれば100トンともいわれる物凄い量です。

 これだけの量のものが、さらに地下構造物のコンクリートを溶かして地下水にまで達し、ついには海洋を汚染するという、文字通り人類が初めて経験するような、未曾有の事態を招こうとしているのではないか。メルトスルーというまさしく非常事態です。
 こうした事態を、テレビ朝日モーニングバードという番組が、京大原子炉実験所の小出裕章さん、日大生物資源科学部の小澤祥司さんらのコメントを挟みながら、わかりやすく報じています。
原発震災:小出裕章:原子炉の現状/残された対応策/故郷
http://www.youtube.com/watch?v=fjklBl0A9Kc&feature=player_embedded

 それにしても、と思います。
 溶融した核燃料は2800℃。圧力容器、格納容器は共に鋼鉄製で、その融点は1600℃。つまり、メルトダウンすれば閉じ込め機能などいっぺんに吹き飛んでしまいます。
 素人目からすれば、バカバカしいほどにわかりやすい原発の矛盾です。
やはり、「由らしむべし、知らしむべからず」だったのでしょうか。「止める、冷やす、閉じ込める」、そして5重の壁などと力説して絶対安全を声高に叫び、メルトダウンなど起こらないものとして“想定外”に追いやられていたのでしょう。

 また、原発はトイレの無いマンションといわれ、運転によって産み出される核廃棄物の処分は未解決のまま、10万年とも100万とも言われる未来にまで管理を続けざるを得ないという、まさしく無責任なシロモノです。
 この後始末を考えることなく開発されたその理由は、後始末を考える必要の無い使用法、つまり武器、核爆弾だということに思い至ります。生命を奪い破壊しつくす事がその使命であり、爆発することで完結します。
 原子力=核=Nuclearの本質なのでしょうね。核の平和利用を言うなら、少なくとも安全かつ万全な処理の方法が見つかって初めて議論の対象にすべきだと思います。
 とにもかくにも一刻も早い事故の収束と、全原発の廃炉を心から祈りたいと思います。

 

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続・原発のこと

 ここ数日、北九州は黄砂に包まれ、紗幕を掛けたような、焦点が結びづらい景観が続きました。もちろんこれまでも、汚染物質等の心配もあって迷惑千万と気にしてはいたのですが、3.11を経て見るこの薄汚れて茫漠とした風景は、終末の気配さえ漂う不気味さを覚えて、いささか慄然としてしまいます。 

黄砂、4日ごろまで続く見込み 「心配ならマスクを」 asahi.com 2011年5月3日
 九州を中心に前日に続いて黄砂が舞った2日、福岡県北九州市内でも小倉の市街地から東に見える山が白くかすんだ。
 福岡管区気象台によると、北九州市内には観測地点は設けられていないが、通常10キロ以上ある視界が福岡市で4キロ、下関市で5キロ(午後3時現在)になった。北九州市若松区のタクシー運転手の男性は黄砂で汚れた車を2回洗ったという。「普段は1日1回するかしないかという程度なのに」と話していた。
 九州大応用力学研究所(春日市)の竹村俊彦准教授(気象学)によると、黄砂の実態はよく分かっていないが、ぜんそくなど呼吸器系の疾患に影響を及ぼす可能性も指摘されており、環境省は2002年から黄砂の物理的、科学的な性質についての解明調査を続けている。竹村准教授は「心配であればマスクを着用するなどの対応を取っても良いのでは」と話している。
 黄砂の飛来は3~5月ごろに多い。同気象台によると、福岡県内のこの10年の年間飛来日数は、多い年で30日にのぼった。今年は2日の飛来で3日を数えた。4日ごろまで続く見込みだが、量は徐々に少なくなるとみている。(小田健司)
http://mytown.asahi.com/areanews/fukuoka/SEB201105020044.html

 

黄砂に関する福岡県気象情報 第1号
平成23年5月1日10時34分 福岡管区気象台発表
http://www.jma.go.jp/jp/kishojoho/346_02_807_20110501013650.html

東アジア域の黄砂・大気汚染物質分布予測 九州大学/国立環境研究所
http://www-cfors.nies.go.jp/~cfors/index-j.html

 黄砂汚染の地図
黄砂の成分分析に関する近年の研究から 中国をはじめとした核保有国が行った核実験による放射能(放射性物質:死の灰)や おもに中国で発生した有害汚染物質が含まれていることが判明してい」るのだそうです。
http://emigration-atlas.net/environment/china-dust-sand-storm.html

※中国大気圏核実験の風下地帯を描く動画です。ご参考までに。
中国の放射能汚染(29分)
http://www.youtube.com/watch?v=CoN8kxUtrdc&playnext=1&list=PL99FAE39E37B0C1F9


 さて、原発です。
東京電力や、原子力安全・保安院、そして両者を含めた政府、原子力安全委員会など関係機関で組織された福島原子力発電所事故対策統合本部の記者会見や官房長官の会見を見ながら、どうしても隔靴掻痒、イライラ感が募るのを禁じえません。

一つには、官房長官や統合本部事務局長という政治家の語る言葉の論拠が、どこからもたらされているものなのか、こんな時だからこそ原発の危険性を指摘し、その在り様を批判してきた専門家の意見こそ有効性を持つものとして耳を傾けるべきだと思うのですが、そのような様子は全く見えないこと。

つまりは安全だ安全だと原発を推進し、今回の事故を想定外として考慮だにしなかった人たちの意見が、法律に則ってという形でこうした事態を迎えた今もなお、国側の主張となっているのではないかという基本的な懐疑が、不信感を拭えない根拠のような気がします。

そして、政権を守る、会社を守る、立場を守るといった、文字通りの自己保身が、ほとんど無自覚なままで表出されているように感じられる、感じられてしまう、ということだと思います。

こうしたことが、意図するしないに関わらず結果的に情報隠しとして、国民の不信感を募らせることになってしまっているのではないか。そんな折、見事に的を得たコラムを読みました。一連の国や東電の対応、そして論拠を与える学者・専門家の、産官学のもたれあうような構造が、水俣病など過去の事例をあげ何一つ変わっていないとして、今度こそ国民一人一人が自らの胸に問い、答えを出し、そして行動を起こさねばならないと述べられています。全文を掲載します。

記者の目:福島第1原発事故と産業優先=福岡賢正(西部報道部)
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20110503ddm004070002000c.html

 ◇繰り返された水俣病の構図
 東京電力福島第1原発で進行中の危機に、私は既視感を覚えている。経済成長を追い求め、産業の利益を最優先する国策の下で、その意思を代弁する学者の意見だけに政治が耳を傾け続けた結果、この国は取り返しのつかない被害を何度も生じさせてきたからだ。その連鎖を止めない限り、再び悲劇が起きるだろう。
 日本原子力学会の元会長や原子力安全委員会の元委員など原子力を先頭に立って推進した学者16人が連名で3月末、「緊急建言」をまとめた。4月1日に行った会見で彼らは、福島の原子炉内に蓄えられている放射性物質の量はチェルノブイリをはるかに上回ることを指摘し、たとえ危機を脱しても極めて長い歳月、厳重な管理を続ける必要があると語った。反原発側ではなく、推進側の学者がようやく、現状の深刻さを認めた。

 ◇14年前の警告、班目氏らは無視
 今回のような大地震・大津波による原発事故を、地震学者の石橋克彦・神戸大名誉教授が「原発震災」と名付け14年前に論文で警告していたことを、3月29日にコラム「発信箱」で書いた。
 その石橋論文に対し、現在の原子力安全委員長である班目(まだらめ)春樹氏や今回の事故発生5日後に内閣参与に任じられた小佐古敏荘(こさことしそう)・東大大学院教授(4月30日内閣参与辞任)が当時、どんな見解を示していたのか。石橋氏が雑誌「世界」5月号に書いている。
 班目氏はあらゆる懸念を打ち消した上で「石橋氏は原子力学会では聞いたことがない人である」と素人扱いした。小佐古氏も「多量な放射能の外部放出は全く起こり得ない」とし、「論文掲載にあたって学者は、専門的でない項目には慎重になるのが普通である。石橋論文は、明らかに自らの専門外の事項についても論拠なく言及している」と批判したという。
 国の施策遂行にあたって、都合のよい学者の意見を「お墨付き」にして、不都合な他の意見を封じ込めてしまった例は過去にいくらでもある。
 水俣病では、1956年に熊本大の研究班が水俣湾の魚介類に蓄積された重金属による中毒と指摘し、59年には厚生省(当時)の研究部会も魚介類の有機水銀が原因と報告した。しかし、国は腐った魚原因説などを発表した学者の見解を盾に公害と認めず、その後もチッソのアセトアルデヒド工場からの廃液の垂れ流しが放置された。その結果、湾周辺の人々は汚染された魚を食べ続け、膨大な数の新しい患者が生まれ続けた。65年には新潟にあった昭和電工の同型工場の廃水による「第二水俣病」も見つかった。
 国は68年9月の政府見解で、この公害の原因を有機水銀と正式に認めたが、その4カ月前までに、技術革新によって国内の同型工場はすべて生産を終えていた。公害と認定されたのは、産業界にとって用済みとなった後だった。
 アスベスト問題でも、被害の拡大が明らかになった後、環境省が設けた健康被害問題検討会の座長に就いた学者が、日本石綿協会の顧問を13年間務め、PRビデオで石綿規制に疑問を呈していた事実が発覚し、座長を辞めている。
 長良川河口堰(ぜき)や諫早湾干拓事業などの大型公共事業が、「環境に与える影響は軽微」との学者の見立てを口実に推進され、深刻な環境破壊を招いたのも記憶に新しい。
 そんな産官学の癒着の果てに、私たちは今、福島の事態に直面している。

 ◇「お上任せ」脱し、自ら考え行動を
 公開された福島第1原発の水位や圧力のデータから、元原子炉製造技術者でサイエンスライターの田中三彦氏は、1号機では激しい地震動によって原子炉圧力容器の配管が破損して冷却材喪失が起きた可能性を「世界」5月号で指摘している。同様に2号機についても、圧力容器内で発生した水素が、空気より軽いのに原子炉建屋の最下部にある圧力抑制プール近くにたまって爆発した理由として、水素が圧力調整用の配管を伝ってプールに流れ込み、地震でプールに生じた亀裂から外に漏れて周辺の酸素と反応した--と推論している。
 つまり、津波の前に原子炉は地震によって深刻なダメージを受けていたというのだ。こうした点の検証も行われていないのに、産業界などからは早くも「津波対策を万全にすれば日本の原発は安全」との声が漏れ始めている。
 このまま原発に依存し続けるのか。リスクの高い原子炉から順に廃止するのか。一気に全廃を目指すのか。廃止に伴う不便は甘受できるのか。今度こそ国民一人一人が自らの胸に問い、答えを出し、そして行動を起こさねばならない。「お上任せ」がいかに危ういか、私たちはもう十分に学んだはずだ。
毎日新聞 2011年5月3日 
 

※地震学者の石橋克彦神戸大名誉教授の「原発震災」をはじめ、今回の震災についてご石橋教授ご自身のHPにアップされています。ぜひご一読下さい。
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html
※サイエンスライター田中三彦氏による冷却材喪失に言及されている動画
INsideOUT4/27(水)「福島原発事故 隠された真実を暴く!」(29分)
http://www.youtube.com/watch?v=PqVsvaNVNYg&feature=player_embedded

一方で、経済人の中から原発について明確なメッセージが語られ始めています。
自らの言葉で語るということの潔さ、清々しさ、それはやはり胸を打つものです。
すでに旧聞に属することかもしれませんが、勇気を得ることのできる発言だと思います。

 自由報道協会主催 孫正義記者会見 原発について熱く語る(動画1時間46分)
http://www.ustream.tv/recorded/14195781#utm_campaigne=synclickback&source=deniedbyhost&medium=14195781

城南信用金庫が脱原発宣言〜理事長メッセージ(動画6分46秒)
http://www.youtube.com/watch?v=CeUoVA1Cn-A&feature=youtu.be

 すっかり原発モードになった当サイトですが、久しぶりに「小梅姐さん」がらみのニュースです。
監督の山本眸古の講演です。

西南大学英文学科主催 2011(平成23)年度講演会
映像ドキュメンタリーの世界(仮)
映像文化に興味のある西南の学生、必聴の講演会!
日時:2011(平成23)年5月24日(火)17時00分~18時30分
場所:西南学院大学2号館2階 2-201教室

 

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