追悼 はかま満緒さん


はかま満緒
さんが亡くなりました。

 


はかま満緒氏が死去 放送作家、「日曜喫茶室」で司会
 

日本経済新聞 2016年2月17日

 はかま満緒氏(みつお、本名=袴充夫=はかま・みつお、放送作家)16日、心不全のため死去、78歳。告別式を行うが日取りなどは未定。

 フリーの放送作家として人気バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」など数多くの番組で企画や構成を担当。1977年開始のNHKのFMラジオ番組「日曜喫茶室」では放送開始から40年近く司会を務めた。16日に東京都内の自宅で倒れているのが見つかり、病院で死亡が確認された。

 

映画では、姐さん自ら唄のこと人生のエピソードなどを語っているラジオ番組を、いくつか使っています。
中でも、はかま満緒さんがパーソナリティを務める「うわさのスタジオ」(ニッポン放送)は、昭和49年1月28日、同30日、同31日放送の3回分を使いました。

はかまさんの、お人柄が滲み出る問いかけに饒舌に応える姐さんの貴重な証言。
もちろんはかまさんは、姐さんの引退記念「赤坂小梅さんのお祝い会」(1981年・交遊録~引退公演発起人の皆様)にも名を連ねています。

実は、企画の段階ではナレーターにはかまさんというアイデアを持っていました。
端的に言えば、芸者と幇間という図式です。

しかしはかまさんは、ラジオでしゃべっているぐらいならいいが、映画となるとそうはいかない、今の自分の声で映画に向かう自信はないといった理由で、このプランはNGになりました。
06年の末ぐらいではなかったかと思います。
はかまさんのプロとしての矜持に感じ入った次第です。


はかまさんの与り知らぬところで、もう一つ本作にインスパイアされたエピソードがありました。

はかまさんが”マスター”を務めるNHKFMの『日曜喫茶室』という番組です。
放送時間に聴取できる環境にいれば、積極的に聞くほど好きな番組で、それは、すでに本作の制作で動き回っている時の車の運転中でした。

ゲストは菅原都々子さん。
そして話題は戦時中の慰問のことなど。
ここで語られた菅原さんのお話は極めて興味深く、このお話をそのまま映画でも語って頂こうと、ほとんど即決で菅原さんをリストアップしたのです。


「…特攻隊、結局ハッキリ言って、死にに行かなければならないお三方でした。それも二十歳ちょっとのお人ばっかりでしたからね。どんな気持ちだったんでしょうね。…」

戦時中の前線への慰問、故郷の民謡に歓喜する兵士の姿に歌手冥利を憶え、またその慰問先の、不条理の死を従容として受け入れ特攻出撃に旅立つ若者のふるまいに涙する…。

菅原さんの証言は、戦前戦後を第一線の歌手として生き抜いてきた芸能者としての、誇りと、凛とした佇まいを、カメラを通して私たちに見せてくれました。

それは、同様に前線を慰問した姐さんをはじめとする多くの芸能者が、共通して目にしたであろうう戦争という非日常の風景ではなかったでしょうか。

本作の重石ともなりえる重要な証言の一つになったと思っています。
これらはすべて、はかまさんのご縁です。

生前お会いする機会はありませんでしたが、ことほど左様にはかまさんの本作への関わりが濃密なものであったことに、今更ながら感じ入る次第です。

ご逝去の日から時期を失しての本記事で、恐縮な思いでいっぱいですが、はかま満緒さんのご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

 

 

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