「小梅姐さん」近況報告


この夏から先ごろまで、少しばかり間を置いていたら姐さんはしっかり動いていました。
遅ればせながらご報告いたします。

地元福岡の西日本新聞に、3回にわたって姐さんのことが報じられました。

西日本新聞8月17日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<256>筑豊の山に向かって
2015年08月17日 16時00分

 福岡県・田川出身の芸者歌手、赤坂小梅は1951年にスタートしたNHKの紅白歌合戦には初回から出場している。このときに歌った曲は「三池炭坑節」だった。

 〈月が出た出た 月が出た ヨイヨイ 三池炭坑の上に出た〉

 小梅は紅白歌合戦には4回出場し、曲はすべて九州の民謡である。小梅は地域共同体だけの民謡をメディアに乗せることで全国的に流行させた九州を代表する民謡歌手だった。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/189156


西日本新聞8月24日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<257>運命を決めた座敷
2015年08月24日16時45分 (更新 08月24日 16時59分)

 16歳で北九州・小倉の芸者になった赤坂小梅に大きな転機が訪れるのは1929(昭和4)年のことだ。童謡、流行歌の作詞家の野口雨情や作曲家の中山晋平、藤井清水たちが地元に招待されて料亭「つだくら」で遊んだ。この座敷に姿を見せたのが小梅である。

 小梅は自伝『女の花道』の中で「小倉の花柳界で最も美声の芸者ということで私は呼ばれた」と語っている。

 異説がある。小梅は間違ってその座敷に入った。帰ろうとすると野口たちから「せっかくだから1曲歌ってごらん」と請われた-という説である。

 さらに「狙って入ったのではないか」と推測するのはドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年)を監督した山本眸古(ひこ)だ。当時、著名人である野口たちの小倉来訪は地元花柳界に知れ渡っていたはずだ。小梅は偶然ではなく自分をアピールするための確信犯として座敷に乗り込んだ。説はどうあれ、野口たちは絶賛した。

 「いい声だ。たんなる美声じゃない。腹から出る声だ」

 「こりゃア、ヒョッとすると、ヒョッとするね」

 特に藤井は「一世一代、はじめてさがしあてた歌手だ」と惚(ほ)れ込んだ。藤井の推薦によって大阪ビクターの録音所でレコードを初めて吹き込んだ。それが新民謡「小倉節」(作詞・野口雨情、作曲・藤井清水)などである。

 〈小倉西へ行きゃ 筑前博多 思い出したら ソコヤートサ 又(また)おいで〉

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/190684


西日本新聞8月31日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<258>郷土の歌を全国区に
2015年08月31日 16時34分

 民謡歌手、赤坂小梅の生涯を追ったドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年、山本眸古(ひこ)監督)は小梅の生誕100年を記念して制作された。

 小梅は福岡県田川郡川崎町の出身で、1992年に85歳で死去した。映画は同町の有志が郷土の国民的歌手だった小梅の業績をたたえるために企画した。地元の福岡在住で女性ということもあり、山本監督が制作依頼を受けた。当時、山本は「ドキュメンタリーを撮りたい」とテレビ制作会社を辞め、フリーで働いていた。

 「小梅さんのことはよく知らなかったが、調べるほどに魅力的な存在になっていきました」

 映画は1年余をかけ、小梅の生前を知る周辺の人々にマイクを向けていく。生い立ちから晩年までをまとめた約80分の映像から小梅の人生が浮かび上がる。山本は小梅について「豪快できっぷがよく、歌の上手な人」と語る。その性格は川筋気質である。歌謡史の中の小梅の位置については「歌謡界に民謡というジャンルを定着させた」と言う。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/192207


思い返せば、西日本新聞さんにはずいぶんお世話になりました。
特に1981年5月16日から27回にわたって連載されていた「聞き書きシリーズ 玄界灘に向かって/赤坂小梅」(小田切記者)という記事の存在が制作の基点になりました。残念ながら小田切記者はすでに鬼籍に入られており、取材の際の姐さんの様子などは聞けませんでしたが、奥様がご健在でいろいろとご支援を賜りました。すでに懐かしい思い出になりました。


10月1日(木)には、中間市中央公民館の講堂で「平成27年度高齢者講座きらめき大学」という事業が、60歳以上の男女約百数十名のご参加で、『小梅姐さん』の上映と増永Pによる講演という形で行われました。

制作当時、R60指定映画などと冗談めかして紹介したりしていましたが少なくともあれから8年、一抹の不安を抱えての現場でしたが、そうした杞憂は吹き飛ぶほどの喝采を頂くことになりました。

 

 

 

 

 

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