田川郡母子寡婦福祉会交流会


姐さん
の地元、川崎町に隣接する添田町での上映会です。 

9月6日(日)13:00より
会場:オークホール
     福岡県田川郡添田町大字庄952
主催:田川郡母子寡婦福祉会


「冬になると、英彦山からは山伏修行の修験者が高下駄をはいて降りてくる。
町の人々は各門口にバケツに水を汲んで置いてあげるんです。修験者はその水を一杯、一杯と頭からかぶって歩くのね。
その姿が、今も目のあたりに浮かびます。何事によらず、修行って言うのは大変なことなんですね。」
(西日本新聞81,5,16聞き書き玄界灘に向かって②/赤坂小梅)


姐さんが修行の大変さを子ども心に刻み付けた山伏の修行、その山伏の根拠地・英彦山の町が添田町です。

また、姐さんの自伝『女の花道』には、英彦山での以下のようなエピソードも披瀝されています。 

「うめえぞネエちゃん」
「ありがと」
「明烏知ってるか」
「ハイ」
「やっちくれ」
「~エンでこそあれ末かけて、約束かため身を固め、世帯かためてェ~」
「うめえな、たまげたばい、明日もこの時間に来っから聞かせてくれ」
――翌日も次の日も、だんだん人数が増えて最初の三人から五人、七人とファンが増えてきた。
7日目。
「ねえちゃん、何時もありがとよ、少ねえけどご祝儀だ」
坑夫の代表が、ごわごわの太い手で新聞紙に包んだ何がしかの金を手渡した。

これが初めてのお客様からいただいた芸の報酬であった。
「母ちゃんに言うなよ」
「ハイ」
「じゃあな。明日からは他所の炭坑へ行くけど、仲間にうんと宣伝しといてやるけんな」
「ありがと」
「達者でな」
「おじさんたちも」
――坑夫たちの姿が見えなくなっても手を振り続けていた。
芸をする喜び・・・この時の感激はいまだに忘れられないでいる。
それから、雨の日も風の日も雪の日も休まず続けられた。〆吉姐さんに口移しで教わったのを、すぐおさらいをしておくべく凡て自分のものとして覚えていく習性がついてしまった。
(英彦山の麓でウタの練習)


1935(昭和10)年7月に発表された添田町の民謡「彦山がらがら節」(野口雨情作詞、藤井清水作曲)、もちろん姐さんが唄っています。

 

 

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