菊池淡狂さんが亡くなられました。
映画をご覧になった方ならご記憶にあると思いますが、「小梅さんは忘れることができないね。ほんとにかわいい顔するんだよ、太ってるくせに。・・・」と、軽妙な語り口で姐さんの天分は民謡にあったと喝破した、財団法人日本民謡協会理事長代行にして、日本民謡の生き字引のような存在の菊池淡狂さんが、去る8月13日にお亡くなりになりました。
ご遺族の強い希望で、葬儀は親族のみの密葬で執り行われたそうですが、明後17日「菊池淡狂氏おわかれ会」が開かれることになりました。
私たちにとっては、証言者のお一人というレベルを超えた存在でした。
製作前にはじめて日本民謡協会をお訪ねした時、たまたま出社の日だった淡狂さんは、私たちの製作意図に大いに共感を示され、本来なら民謡界がやるべき仕事だ、と協力と後援を即決で約束して頂きました。そして赤坂小梅という歌手の存在の大きさを、カメラマンを同行させればよかったと悔やむほどに、饒舌に語ってくれました。
その後も、取材や撮影、試写会等でお会いするたびにお元気なお姿に接していただけに、急逝という印象は否めません。享年89。謹んで哀悼の意を表したいと思います。合掌。
映画の中で“小梅姐さん”を語る方たち〈敬称略、登場順)
●舟木一夫/歌手。小梅のことを当時は「おっかさん」と呼ぶほどに慕っていた。2007年はデビュー45周年。
●島倉千代子/歌手。小梅を先生と呼び、芸能界の大先輩として敬慕した。
●森潔/コロムビアミュージックエンターテインメント(株)チーフプロデューサー。
●南宗喜/元炭鉱労働者。地区の盆踊りには欠かせない口説き上手。
●井手口宥公/小梅の長兄・松治の孫。松治は母シナの連れ子で母方の旧姓井手口を名乗り、陸軍騎馬隊に属するなど、厳格な人柄で小梅の花柳界入りに強く反対していた。
●瓢千代/元芸妓。大正6年生まれで今なお現役の小唄の師匠。かつての北九州花柳界を知る貴重な存在。戦後、八幡検番の理事も勤めた。
●本條秀太郎/三味線奏者。本作の音楽も担当。詳細は別掲。
●菊池淡狂/(財)日本民謡協会理事長代行。民謡の調査研究、記録、普及に努める。大正9年生れ。小梅は民謡協会の設立メンバーの一人だった。
●望月太八/篠笛奏者。長唄囃子演奏者。小梅の付き人を務めた小梅の姪、向山初子とその夫であるオジの養子となったが、オジの死とともに籍を離れる。オジ(義父)は、先代望月太八。
●奥勝正/歌手になりたいという小梅を応援し、自身唄も巧みだったという小梅の次姉シゲノの孫。
●菅原都々子/歌手。NHK紅白歌合戦の第1、4、7回で小梅と共演。「月がとっても青いから」は今もなお唄われ続けている。
●畠山みどり/歌手。「日本の代表歌手である大先輩小梅先生をあらためて思い出して頂く、知って頂く大変良い機会だと思います。ぜひ一人でも多くの人に観て頂きたい」とのメッセージを頂く。
●原田直之/民謡歌手。(社)日本歌手協会理事長。小梅は、歌手協会名誉会員でもあった。
●福田洋子/稲葉正夫の次女。7歳で姉正美と共に小梅の元に。幼児期に実母を亡くした事もあって、小梅を母と慕う。
●吉福正美/稲葉の長女。9歳で小梅の元に。高校、大学と寄宿舎生活で東京を離れ小梅と暮らしたのは約6年。
●下澤善四郎/「久留米そろばん踊り」の元歌となる「久留米機織り娘の唄」を小梅に教えた下澤轍さんの子息。
●安井昌二/俳優。二代目水谷八重子、波乃久里子とともに現在の新派を支える一人。映画の代表作に『ビルマの竪琴』など。
●八橋晟/元日本コロムビア株式会社邦楽部長。歌手としての小梅の晩年に付き添った一人。
●辰巳寿昌(日本舞踊辰巳流家元)辰巳寿穂(日本舞踊辰巳流理事長)/二人は姉妹(姉・寿昌、妹・寿穂)。1980年コロムビアレコード創立七十周年記念企画により、「白百合姉妹」として歌手デビューした当時から小梅に師事した。
●豊田晁/安房自然村社長。小梅の支持者で、引退後の小梅を招聘した先々代の安房自然村初代社長、故井出口正氏の娘婿。
●向山初子/小梅の次兄、乙彦の長女。昭和8年9月、20歳の時に「小梅が良くなるも悪くなるもお前のやり方次第だぞ」と伯父松治に言い含められ、身の回りの世話の為に上京。以来50余年、自身の結婚などで離れた時期はあったものの、文字通り小梅の陰として生きた。映画の完成を楽しみにされていたが07年3月6日不帰の人に。享年94歳。合掌。