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「小梅姐さん」近況報告


この夏から先ごろまで、少しばかり間を置いていたら姐さんはしっかり動いていました。
遅ればせながらご報告いたします。

地元福岡の西日本新聞に、3回にわたって姐さんのことが報じられました。

西日本新聞8月17日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<256>筑豊の山に向かって
2015年08月17日 16時00分

 福岡県・田川出身の芸者歌手、赤坂小梅は1951年にスタートしたNHKの紅白歌合戦には初回から出場している。このときに歌った曲は「三池炭坑節」だった。

 〈月が出た出た 月が出た ヨイヨイ 三池炭坑の上に出た〉

 小梅は紅白歌合戦には4回出場し、曲はすべて九州の民謡である。小梅は地域共同体だけの民謡をメディアに乗せることで全国的に流行させた九州を代表する民謡歌手だった。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/189156


西日本新聞8月24日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<257>運命を決めた座敷
2015年08月24日16時45分 (更新 08月24日 16時59分)

 16歳で北九州・小倉の芸者になった赤坂小梅に大きな転機が訪れるのは1929(昭和4)年のことだ。童謡、流行歌の作詞家の野口雨情や作曲家の中山晋平、藤井清水たちが地元に招待されて料亭「つだくら」で遊んだ。この座敷に姿を見せたのが小梅である。

 小梅は自伝『女の花道』の中で「小倉の花柳界で最も美声の芸者ということで私は呼ばれた」と語っている。

 異説がある。小梅は間違ってその座敷に入った。帰ろうとすると野口たちから「せっかくだから1曲歌ってごらん」と請われた-という説である。

 さらに「狙って入ったのではないか」と推測するのはドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年)を監督した山本眸古(ひこ)だ。当時、著名人である野口たちの小倉来訪は地元花柳界に知れ渡っていたはずだ。小梅は偶然ではなく自分をアピールするための確信犯として座敷に乗り込んだ。説はどうあれ、野口たちは絶賛した。

 「いい声だ。たんなる美声じゃない。腹から出る声だ」

 「こりゃア、ヒョッとすると、ヒョッとするね」

 特に藤井は「一世一代、はじめてさがしあてた歌手だ」と惚(ほ)れ込んだ。藤井の推薦によって大阪ビクターの録音所でレコードを初めて吹き込んだ。それが新民謡「小倉節」(作詞・野口雨情、作曲・藤井清水)などである。

 〈小倉西へ行きゃ 筑前博多 思い出したら ソコヤートサ 又(また)おいで〉

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/190684


西日本新聞8月31日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<258>郷土の歌を全国区に
2015年08月31日 16時34分

 民謡歌手、赤坂小梅の生涯を追ったドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年、山本眸古(ひこ)監督)は小梅の生誕100年を記念して制作された。

 小梅は福岡県田川郡川崎町の出身で、1992年に85歳で死去した。映画は同町の有志が郷土の国民的歌手だった小梅の業績をたたえるために企画した。地元の福岡在住で女性ということもあり、山本監督が制作依頼を受けた。当時、山本は「ドキュメンタリーを撮りたい」とテレビ制作会社を辞め、フリーで働いていた。

 「小梅さんのことはよく知らなかったが、調べるほどに魅力的な存在になっていきました」

 映画は1年余をかけ、小梅の生前を知る周辺の人々にマイクを向けていく。生い立ちから晩年までをまとめた約80分の映像から小梅の人生が浮かび上がる。山本は小梅について「豪快できっぷがよく、歌の上手な人」と語る。その性格は川筋気質である。歌謡史の中の小梅の位置については「歌謡界に民謡というジャンルを定着させた」と言う。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/192207


思い返せば、西日本新聞さんにはずいぶんお世話になりました。
特に1981年5月16日から27回にわたって連載されていた「聞き書きシリーズ 玄界灘に向かって/赤坂小梅」(小田切記者)という記事の存在が制作の基点になりました。残念ながら小田切記者はすでに鬼籍に入られており、取材の際の姐さんの様子などは聞けませんでしたが、奥様がご健在でいろいろとご支援を賜りました。すでに懐かしい思い出になりました。


10月1日(木)には、中間市中央公民館の講堂で「平成27年度高齢者講座きらめき大学」という事業が、60歳以上の男女約百数十名のご参加で、『小梅姐さん』の上映と増永Pによる講演という形で行われました。

制作当時、R60指定映画などと冗談めかして紹介したりしていましたが少なくともあれから8年、一抹の不安を抱えての現場でしたが、そうした杞憂は吹き飛ぶほどの喝采を頂くことになりました。

 

 

 

 

 

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「雲のうえ」の小梅姐さん


「刻々と変わりゆく北九州市の『いま』を描き出す」
雲のうえ
という北九州市の情報誌があります。<詳細は⇒http://lets-city.jp/seen/kumonoue/

「まちのにぎわいを創出するには、北九州市の『魅力』を市内外の多くの方々に知っていただく必要があります。情報誌『雲のうえ』は、北九州市のにぎわいづくり推進の一環として、刻々と変わり行く北九州市の『いま』を、毎号ひとつのテーマに沿って描き出す新しい情報誌です。
北九州市の『魅力』を広く紹介するとともに、市民の皆さまにも愛される冊子づくりを目指します。」

とのコンセプトのもと、これまで18号が発行され、酒場、市場、工場、島、劇場、娯楽・・・、というふうに、文字通り丸々一冊1テーマで北九州市を紹介、好評を博しているものです。

この最新19号(11月20日発行)のテーマは”、「とどけ、歌。という特集です。
北九州市歌を扉に、合唱組曲北九州、北九州童謡・唱歌かたりべの会、北九州少年合唱隊や同アカデミー少年少女合唱団、「若松ごんぞ歌」から企業のCMソング、音楽関連団体などなど、北九州市の”歌”に関する情報が並んでいます。

その中に、小梅さん、からんころん。~赤坂小梅と小倉節と題して、第1回古本小説大賞受賞者で、これまで芥川賞候補二度の実績を持つ作家の石田千さんが、8ページを費やして姐さんのことを書いてくれています。

からんころん。
文字通り下駄の音が行間から聞こえてきそうな、ノスタルジックな文体の中に姐さんが生きています。旧小倉市史や旧八幡市史はもちろんのこと、北九州市史にも載ることのなかった姐さんが、情報誌とはいえ、しっかりと足跡を残すことになりました。

赤坂小梅」を、北九州市の<歌>のシーンに選んで頂いた関係者の皆様に、そして石田千さんと編集スタッフの皆様に、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

そして小倉節です。

 思い出したら、またおいで。
 永遠の美声に、またひとが集う。

石田千さんの、「本條秀太郎の会特別公演~『小倉節』によせて~」へのエールです。


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邦楽ジャーナル

ところで、1月中旬を目途に再開をじりじりとして待ったのは、姐さんの祥月命日と共に、「小梅姐さん」登場の、この邦楽ジャーナルのことがありました。なにしろ新年1月号、少しでも多くの皆様に直接本誌を手にとって読んで欲しかったのですが、間に合いませんでした。ただ、バックナンバーの注文は受け付けられているようですから、ご希望の方はどうぞご注文下さい。
邦楽ジャーナル

さて、その内容は、新年の特別企画「2010年リリース盤聴きくらべ」というテーマの特集。
「2009年11月~2010年10月にリリースされた175タイトルから選び出した2枚を“対決”!」として、執筆者がそれぞれテーマを決めた以下のような“対決”が展開されています。 

 宮城道雄の作品を扱ったCDの対決、
 津軽三味線コラボ対決、
 
尺八ライブ盤対決、
 太鼓教則DVD対決、
 奈良の古楽対決、
 笛吹きの想い対決、
 多重録音対決、
 そして我が「小梅姐さん」は、民謡の担い手新旧対決に。

 題して「小梅姐さんVS瞽女軍団」。執筆は、山口大学教育学部准教授の斉藤完さん。
というわけで、この際「小梅姐さんVS瞽女軍団」を以下全文ご紹介。 

 民謡の担い手のなかでも、最も華やかな存在であろう「芸者歌手」と、その対極に位置するであろう瞽女。
 対決しないわけにはいかない。
 DVD「小梅姐さん」では、花柳界出身の赤坂小梅の一生が、「歌謡界に民謡を確立した」という視点で振り返られている。自ら望んで芸の道に進み、戦時中の慰問を通じて民謡の力に目覚めて以降、民謡を積極的に歌うようになり、引退後もその普及に努めた。あくまでも歌一筋な姿勢は、家事は「何もしない人」という証言(しかもふたりに言われる始末)で補強されている。 

 一方の「瞽女さんの唄が聞こえる」は昭和46年の映像を核にして最後の高田瞽女の存在を知らせるのが趣旨であるようだ。盲目の彼女たちは、幼いころに「按摩か瞽女か」と迫られて音曲の世界に入り、娯楽としての歌を提供するために農村をめぐる生活を送った。映像では炊事や掃除をする様子、さらには相互扶助組織の存在が紹介され、自立していた姿が明かされている。 

 ことごとく対照的なのだが、とりわけ近代の産物としての「芸者歌手」、伝統文化の伝承者としての瞽女という観点から見ると、違いはさらに興味深いものとなる。小梅姐さんの民謡の伴奏の多くは、モダニズムよろしく三味線と洋楽器の組み合わせとなっており、瞽女軍団のそれは三味線のみとなっている。マスメディアを媒体とした姐さんに対して、軍団は一貫して徒歩による村めぐりである。姐さんは発掘した民謡を改作して(「エロっぽい」歌詞を直したり、さまざまなバリエーションを正調に一本化したりして)世に送るが、軍団は「昔ながら」の歌を歌い続けた。 

 だが待てよ、と思う。瞽女が娯楽提供者として機能していたのなら、新しいレパートリーの確立にも意欲的ではなかったのだろうか。事実、解説書(?)をよく見ると流行歌も歌う事が記されている。しかし、映像では「古い伝統」「長く続いた歴史」が強調され、彼女たちの音楽文化がもっていたはずの動的な側面には触れられていない。 

 そんなワケで、軍配は小梅姐さんに上がるのだが、最大の決め手は収録時間。瞽女DVDは記録映画と瞽女歌で構成されているのだが、映画部分が34分とはあまりにも短い・・・。

邦楽ジャーナル1月号・特集①新年特別企画「CD&DVD聴きくらべ
民謡の担い手新旧対決・小梅姐さんVS瞽女軍団/斉藤完(みつる)・山口大学教育学部准教授

 

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祝辞 森博幸鹿児島市長

三つの自治体の首長から発行して頂いた推薦状に対して、2008年5月11日に行われた第11回鹿児島県民謡まつり(財団法人日本民謡協会鹿児島県連合委員会様主催)でオープニングを飾った上映では、森博幸鹿児島市長より祝辞が寄せられました。

上映会のレポートの際にもご紹介していますが、今回の流れに沿い再掲させて頂きました。
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祝辞

本日 赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」が多数の皆様ご来場のもと 本市において上映されますことを 心からお慶び申し上げます

 赤坂小梅さんは「黒田節」や「おてもやん」などの民謡を掘り起こし その普及に努められ 数多くの民謡を全国に広められ 大正・昭和の激動の時代を唄一筋に生き抜いた歌手として広く知られております

 地域の風土や庶民の日常生活から生まれ 郷土色や人情が豊に織り込まれております民謡は 人々に親しまれ 育まれながら保存・伝承されてきたものであり 今後も末永く引き継いでいかなければならない貴重な伝統文化であります

 赤坂小梅さんのドキュメンタリー映画の上映をとおして 唄を愛し唄に尽くした『稀代の歌手・赤坂小梅』の女の生き様をみていただき 日本人の心のふるさとでもある民謡のもつ豊かさを 多くの幅広い世代の市民に 楽しんでいただきたいと存じます

 終わりに 赤坂小梅生誕100年本記念映画製作上映委員会の皆様のこれまでのご尽力に深く敬意を表し このたびの上映が成功されますことを心から祈念いたしまして お祝いのことばといたします

平成二十年五月十一日

鹿児島市長  森 博幸 鹿児島市長印

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推薦状3 北橋健治北九州市長

3人目は北九州市北橋健治市長です。
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赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」推薦状

 時下ますます御清栄のこととお喜び申し上げます。
北九州市政につきましては、平素から格別のご協力を賜り、誠にありがとうございます。

 さてこの度、赤坂小梅生誕100年を記念し、同映画製作上映委員会により、標記映画が製作されました。

 赤坂小梅さんは、福岡県筑豊地区の川崎町に生まれました。
唄が大好きだった小梅さんは、現在の北九州市で芸者を志すことになりますが、その際、野口雨情、藤井清水らに才能を見出され、全国デビューを果たしました。

 大柄な体格に見合った豪快な性格と、芸者として鍛えた巧みな歌唱力は、大正、昭和の民謡界、歌謡界で一時代を築きました。

 このような素晴らしいスターが、本市で大きく羽ばたいたということに、強い感銘を受けております。
小梅さん自身も、第二の故郷として本市をとても愛し、数多くの地元にちなんだ民謡を残されています。

 本市における上映会では、大変な反響を呼び、多くの方々に好評を頂きました。
ぜひ貴市におかれましても、この映画を上映していただき、赤坂小梅さんという稀代の大歌手を再認識していただくとともに、唄のすばらしさ、民謡のすばらしさを感じていただきたいと存じます。

 併せまして、北九州市を知っていただくきっかけとなれば幸いでございます。
今後ともご高配賜りますよう、お願い申し上げます。

平成20年2月吉日
北九州市長 北橋健治 北九州市長印

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推薦状2 伊藤信勝田川市長

2回目の今回は、田川市伊藤信勝市長の推薦状です。

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赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」を推薦します

田川市長 伊藤信勝 田川市長印

 小梅姐さんと皆から慕われ、かつて一時代を画した赤坂小梅さんが、生誕100周年記念映画「小梅姐さん」としてスクリーンによみがえりましたことに対し、心よりお慶び申し上げます。

 明治39年に福岡県川崎町で生まれた赤坂小梅さんは、16歳の時に芸者を目指し北九州の八幡と小倉で修行を積み、持ち前の歌唱力が野口雨晴らに認められレコードデビューを果たしました。

 その後上京してからは流行歌や民謡を歌い上げ数多くのヒット曲を生み、「黒田節」や「月が出た出た・・・」で有名な田川市発祥の「炭坑節」を全国に知らしめるなどの活躍をされ、NHK紅白歌合戦には計4回も出場をするなど、国民からの支持を一心に集めました。

 また、芸者時代に鍛え上げた歌唱力だけではなく、小梅さんの川筋気質に見られる気っぷの良さや大らかで太っ腹な性格に対しても、芸能界はもとより多くの文化人や政財界人から慕われることとなりました。

 明治、大正、昭和、平成の4時代を生き、戦争の混乱期も経験した小梅さんの功績は、民謡をテレビやラジオで紹介し、大衆音楽の中に「民謡」というジャンルを確立したことにあります。

 こうした偉大な功績を残してきた小梅さんの歩んできた足跡が、当時の映像と関係者の証言を交えた形で映画化されたことは、誠にもって喜びに絶えません。

 映画「小梅姐さん」の中には、戦争の混乱期を経て戦後復興を遂げた日本のすぐそばに小梅姐さんの歌があったことが描かれています。

 また、ともに仕事をしてきた歌手の方々はみな小梅さんの唄の素晴らしさを称え、同時にその温かい人間性に対し尊敬の念を表する姿も映画の中に映し出されています。

 この後世に残すべき映画「小梅姐さん」を、一人でも多くの方々に見ていただき、小梅姐さんの生き様と民謡の素晴らしさを味わっていただければと思います。

 小梅さんの精神はふるさと田川において今もなお息づいており、田川市で毎年秋に開催されております「TAGAWAコールマイン・フェスティバル~炭坑節まつり~」では、メインイベントである「炭坑節総踊り」において、小梅さんの唄う炭坑節のメロディーに合わせて2千人の市民が炭坑節を盛大に踊って祭りを盛り上げています。

 映画「小梅姐さん」を堪能した方々におかれましては、現代の田川の祭りの中で生きる「赤坂小梅」さんにもふれていただきたいと存じます。

 映画「小梅姐さん」上映の裾野が、今後全国津々浦々まで広がることを心より祈念いたしまして、私の言葉といたします。

平成20年3月吉日

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推薦状 手嶋秀昭川崎町長

先日の飯能市での上映で、現時点で予定されていた上映はすべて完了しました。
そこで、次の上映を待望しながら、DVDのことやこれまで紹介しきれていなかったことなどを、時おり思いつくままにアップしていきたいと思います。

完成当時、関係する三つの自治体の首長から、本作への支援として上映される地域の首長宛に上映への協力依頼や推薦状を発行して頂きました。
これらは現在も各地での上映で当該首長宛に届けられています。

姐さんの地元川崎町手嶋秀昭町長田川市伊藤信勝市長、そして、北九州市北橋健治市長のお三方です。
三者三様、それぞれに自らの思いも込めて熱い一文をしたためて頂きました。
最初は、川崎町手嶋秀昭町長の一文からご紹介したいと思います。

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赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画
『小梅姐さん』上映活動に対するご協力のお願い

 貴職におかれましては、益々ご清栄のことと存じます。
日頃より地域の振興と住民福祉の向上のため、ご尽力されている事に心から敬意を表します。

 さて、ご承知の事ととは存じますが、かつて歌謡界や民謡界で活躍をし、一世を風靡した赤坂小梅という歌手がいました。
その赤坂小梅は1906年(明治39年)4月20日、福岡県川崎町で生まれ育ちました。
16歳の時に自ら芸者の道を志し現在の北九州市に移り住み、芸者として活動しているときに、持ち前の歌唱力が認められ歌手デビューを果たし、その後数多くのヒット曲を出す中で大歌手へと上りつめることが出来たのであります。

 昨年、赤坂小梅の生誕100年を記念して、ふるさとの偉大な歌手の生き様を映画化し、広く多くの方々に知って貰おうと、川崎町に住む人たちが中心となり、有志による映画製作実行委員会が組織され制作活動が続けられてきました。

その結果この度、その努力が実り赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画『小梅姐さん』というタイトルで素晴らしい映画が完成致しました。

 この映画は、試写会開始早々から大きな注目と高い評価を頂き、福岡市で開催されたアジアフォーカス福岡国際映画祭07にも邦画部門の三作品の中の一作品に選ばれ招待上映されました。

 私はこの素晴らしい映画を通じて赤坂小梅はもちろん、ふるさと川崎町、そして炭坑節で親しまれる筑豊そのものをも更に深く知って頂く機会になればと思っております。

 また、赤坂小梅が民謡を通じて縁の生まれたところ、直接訪れたところなど、赤坂小梅と深く関わり合いのあるところが、更にこの映画を通じて理解を深めていく事が出来れば、故人の生前の労にいささかなりとも報いる事になるのではないかと考えています。
願わくば、これを機に日本人の心のふるさとでもある民謡が大きく盛り返していく事を期待しています。

 つきましては趣旨をご理解頂き、上映活動に対するご配慮、ご協力を賜りますよう何卒よろしくお願いいたします。

平成19年11月吉日
福岡県川崎町長 手嶋秀昭 川崎町長印

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邦楽ジャーナル2月号 ―DVD紹介⑩

月刊邦楽情報誌邦楽ジャーナル2月号に、衛星デジタルラジオ「ミュージックバード」プロデューサーの田中美登里さんが、DVDの発売に合わせてレビューを寄せられています。

[引用開始] 

CD&DVD/BOOK Review
DVD小梅姐さん―赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画

TVの歌番組に日本髪姿の芸者さんが出演していたのは昭和50年位までだったか。市丸や勝太郎など昭和初期に歌謡界にデビューした芸者さんたちが、淡谷のり子や藤山一郎といった音楽学校出身の歌い手たちとフィールドを同じくし、全国的なスターだったわけだ。ここに描かれた赤坂小梅もそのひとり。とにかく歌声と姿に圧倒される。高いのに太いその声は、思わず「ドスコイ!」と声をかけたくなる体型と相まって、民謡本来の持つ歌の力を発揮する。故郷九州の『黒田節』や『炭坑節』のみならず、全国津々浦々の民謡を訪ね歩いて世に広めた。民謡にのめりこむきっかけは戦時中の兵士の慰問だった。離れて故郷や家族を想う心に添うものとして、民謡は小梅にとって特別なものになったという。それは日本の経済発展の中で、置いて行かれた地方への想いにもつながっていったろう。筑豊の川筋気質を汲む豪放磊落な性格も関係者によって語られ、小梅の歌の魅力を裏付けている。

[引用終了]

ありがたいですね!

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岡山映画祭、本日開幕!

岡山映画祭が開幕しました。
本日より29日(日)まで、その詳細を朝日新聞が伝えています。

[引用開始]

銀幕に学ぶ「生きる力」
■14日から岡山映画祭/新藤監督作品を特集

 「岡山映画祭」が14~29日に県立美術館やオリエント美術館など岡山市中心部で開かれる。7回目の今年のテーマは「生きるちから」。映画祭実行委員会は「先が見えない時代だからこそ、今の私たちにとって大事なものを見つけてほしい」としている。

 映画誕生100年の95年に始まり、2年に1回、会社員や主婦ら十数人が中心になって、岡山では上映機会の少ない自主制作映画などを幅広く取り上げてきた。

 今回は初めて、14~17日に特集を組み、国内現役最高齢の新藤兼人監督(97)にスポットを当てる。新藤監督は「原爆の子」「第五福竜丸」など戦争や平和の問題を取り上げた作品などで知られ、数々の映画賞を受賞。08年には故郷・広島が舞台の「石内尋常高等小学校 花は散れども」を公開した。実行委の小川孝雄代表は「映画会社に頼らず、自主制作の先頭に立ってきた新藤監督のみずみずしい作品は、生きる力を与えてくれる」と話している。

 特集では「石内尋常高等小学校」と、モスクワ国際映画祭グランプリ作品「裸の島」(60年)、「裸の十九才」(70年)、「さくら隊散る」(88年)を上映する。14日午後3時10分からは県立美術館で新藤監督の孫の新藤風(かぜ)監督によるゲストトーク「新藤映画の魅力」を企画。風監督がベルリン国際映画祭フォーラム部門新人作品賞を受賞した「LOVE/JUICE」(00年)も上映される。

 このほかの映画は、中国・三峡ダム建設に立ち向かう女性を描いた「長江にいきる」(07年)、歌に生きた民謡歌手赤坂小梅を取り上げた「小梅姐さん」(08年)、米国のドキュメンタリー映画作家フレデリック・ワイズマンが先端医療の現場に迫る「臨死」など13作品。14日には津山市京町の茶房茶入でも「長江にいきる」、25日には岡山市東区西大寺中3丁目の備前岡山西大寺五福座で「小梅姐さん」の上映がある。

 一般当日1300円(前売り千円)、60歳以上800円、中学・高校生500円、小学生以下無料。フリーパスと12枚つづりチケットは各1万円。6枚つづり5千円、3枚つづり2500円。問い合わせは実行委(086・254・0238)へ。

朝日新聞岡山版 2009年11月13日

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岡山映画祭2009 招待決定!

1995年から開催されている2年に1度の映画祭、岡山映画祭2009に招待されました。

“今わたし達にとって大事なもの、大切なものを見つけたい!”と、今年のテーマは「生きるちから」。

ご覧になった多くのご高齢者の皆様から、文字通り「生きるちから」をもらったと高い評価を得ている本作にとって、恰好の場を与えていただいたと、このご招待に大変感謝しています。
岡山県では初公開です。岡山の皆様、ぜひこの機会にご高覧ください。

小梅姐さん』の上映は以下の通りです。

11月18日(水) 19:00~ オリエント美術館
11月21日(土) 4:20~ アートリンクセンター(オールナイト上映会)
11月23日(月) 10:00~ オリエント美術館
11月25日(水) 19:00~ 備前岡山西大寺五福座 
 

詳細は、岡山映画祭2009のHPをご覧下さい。
http://ww1.tiki.ne.jp/~boken/fes.html

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朝日新聞<声>欄

本日21日(水)付け朝日新聞朝刊の<>のページに、『小梅さんの人柄 証言から分かる』と題された読者の投稿が掲載されています。

長年日本舞踊に親しみ、姐さんの曲にも振付をして踊っていらっしゃるような方で、映画をみて、小梅さんを一層好きになったと、私たちが映画で紹介している姐さんのあれこれをあらためて紹介しつつ、近く老人ホームで『炭坑節』の踊りを披露する予定、と記されています。

投稿者は大分県在住の深田師尉さん。71歳。
実はこの方、本サイト9月12日付の記事で、Fさんとして一度登場して頂いた方で、小倉時代の姐さんを知る貴重な証言者、宗カズエさんを紹介して頂いた方です。

新聞への投稿という形で姐さんへの熱い思いを吐露された深田さん。結果的に、私たちへの熱い支援ともなりました。嬉しいですね。本当に感謝です。

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メイシネマ祭 ’09 招待決定!

「人から人へ想いをつなぐ―記録映画と記憶の映画」
東京江戸川区で「メイシネマ映画祭」という、長年5/3~5/5に開かれているドキュメンタリー映画祭への招待が確定しました。

小梅姐さん」の上映は、
5月3日(憲法記念日)16:30~の1回上映

場所:小岩コミュニティホール
(東京都江戸川区北小岩6-27-14/JR小岩下車、南口サンロード徒歩10分、小岩図書館2階)
鑑賞券:1回前売1000円(当日1200円)
主催:メイシネマ上映会03-3659-0179(TEL/FAX)

東京・千葉・埼玉近辺にお住まいの方、昨秋のポレポレ東中野上映で見逃され方、関心のある方、ぜひこの機会にご高覧ください。

他に、「靖国」「蜂の巣の子供たち」「白い花はなぜ白い」「オオカミの護符」「里っ子たち」「小三治」「久高オデッセイ」などドキュメンタリー映画の秀作、話題作が上映されます。

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産経新聞本日14日付夕刊!

昨日の毎日新聞に続き、今日は産経新聞の夕刊です。
ドキュメンタリー映画 日本の『今』と『昔』
との見出しで、「日本の昔と今を伝える2つのドキュメンタリー映画が、いずれも大阪・第七藝術劇場で公開されている。」と、本作と『We 命尽きるまで』(藤山顕一郎監督)の2本を、写真入りで福本剛記者が紹介してくれました。そして「舟木一夫、島倉千代子らの証言も興味深」く、「張りのある『黒田節』『炭坑節』など数々の歌のパワーは圧巻」と評してくれました。

初日を迎えた大阪は、朝から激しい雨に見舞われたようですが、それでも女性客を中心に熱心なファンが来場されたようです。そして、昨日の毎日、今日の産経と2紙が続き、劇場への問合せも急増しているようで、明日からは天気も回復、いよいよ本番モードです。

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