カテゴリー別アーカイブ: 映画「小梅姐さん」

NHK-FM「日本の民謡」に姐さん登場!

 

NHK-FMで毎週日曜午前11時より放送されている『日本の民謡』で、今月31日、姐さん「しばてん音頭(高知県)」が放送されます。(再放送は翌1日月曜日午前5時~同50分)

 

放送:NKK-FM「日本の民謡」:日本の民謡・リクエスト集

日時:31日(日)11:00~11:50
      日(月) 5:00~ 5:50(再放送)

番組の詳細は、NHK民謡番組のホームページ(日本の民謡)をご覧ください。 http://www4.nhk.or.jp/minyo-nihon/x/2016-07-31/07/33910/4647833/


今回も、この貴重な情報を届けて頂いたのは、民謡歌手・小沢千月さんのホームページ「民謡 小沢千月」の管理人、丸山様です。
http://ozawachigetsu.web.fc2.com/

そして、その小沢千月さんも、同番組で「秩父音頭(埼玉県)」をご披露されることになっています。

どうぞ、お楽しみに!

 

 
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「小梅姐さん」近況報告


この夏から先ごろまで、少しばかり間を置いていたら姐さんはしっかり動いていました。
遅ればせながらご報告いたします。

地元福岡の西日本新聞に、3回にわたって姐さんのことが報じられました。

西日本新聞8月17日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<256>筑豊の山に向かって
2015年08月17日 16時00分

 福岡県・田川出身の芸者歌手、赤坂小梅は1951年にスタートしたNHKの紅白歌合戦には初回から出場している。このときに歌った曲は「三池炭坑節」だった。

 〈月が出た出た 月が出た ヨイヨイ 三池炭坑の上に出た〉

 小梅は紅白歌合戦には4回出場し、曲はすべて九州の民謡である。小梅は地域共同体だけの民謡をメディアに乗せることで全国的に流行させた九州を代表する民謡歌手だった。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/189156


西日本新聞8月24日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<257>運命を決めた座敷
2015年08月24日16時45分 (更新 08月24日 16時59分)

 16歳で北九州・小倉の芸者になった赤坂小梅に大きな転機が訪れるのは1929(昭和4)年のことだ。童謡、流行歌の作詞家の野口雨情や作曲家の中山晋平、藤井清水たちが地元に招待されて料亭「つだくら」で遊んだ。この座敷に姿を見せたのが小梅である。

 小梅は自伝『女の花道』の中で「小倉の花柳界で最も美声の芸者ということで私は呼ばれた」と語っている。

 異説がある。小梅は間違ってその座敷に入った。帰ろうとすると野口たちから「せっかくだから1曲歌ってごらん」と請われた-という説である。

 さらに「狙って入ったのではないか」と推測するのはドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年)を監督した山本眸古(ひこ)だ。当時、著名人である野口たちの小倉来訪は地元花柳界に知れ渡っていたはずだ。小梅は偶然ではなく自分をアピールするための確信犯として座敷に乗り込んだ。説はどうあれ、野口たちは絶賛した。

 「いい声だ。たんなる美声じゃない。腹から出る声だ」

 「こりゃア、ヒョッとすると、ヒョッとするね」

 特に藤井は「一世一代、はじめてさがしあてた歌手だ」と惚(ほ)れ込んだ。藤井の推薦によって大阪ビクターの録音所でレコードを初めて吹き込んだ。それが新民謡「小倉節」(作詞・野口雨情、作曲・藤井清水)などである。

 〈小倉西へ行きゃ 筑前博多 思い出したら ソコヤートサ 又(また)おいで〉

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/190684


西日本新聞8月31日ウェブ版
九州近代歌謡遺聞~九州にゆかりの作詞家、作曲家の足跡を追う
民謡編<258>郷土の歌を全国区に
2015年08月31日 16時34分

 民謡歌手、赤坂小梅の生涯を追ったドキュメンタリー映画『小梅姐さん』(2007年、山本眸古(ひこ)監督)は小梅の生誕100年を記念して制作された。

 小梅は福岡県田川郡川崎町の出身で、1992年に85歳で死去した。映画は同町の有志が郷土の国民的歌手だった小梅の業績をたたえるために企画した。地元の福岡在住で女性ということもあり、山本監督が制作依頼を受けた。当時、山本は「ドキュメンタリーを撮りたい」とテレビ制作会社を辞め、フリーで働いていた。

 「小梅さんのことはよく知らなかったが、調べるほどに魅力的な存在になっていきました」

 映画は1年余をかけ、小梅の生前を知る周辺の人々にマイクを向けていく。生い立ちから晩年までをまとめた約80分の映像から小梅の人生が浮かび上がる。山本は小梅について「豪快できっぷがよく、歌の上手な人」と語る。その性格は川筋気質である。歌謡史の中の小梅の位置については「歌謡界に民謡というジャンルを定着させた」と言う。

以下、続きはこちらで。
http://www.nishinippon.co.jp/feature/kayouibun/article/192207


思い返せば、西日本新聞さんにはずいぶんお世話になりました。
特に1981年5月16日から27回にわたって連載されていた「聞き書きシリーズ 玄界灘に向かって/赤坂小梅」(小田切記者)という記事の存在が制作の基点になりました。残念ながら小田切記者はすでに鬼籍に入られており、取材の際の姐さんの様子などは聞けませんでしたが、奥様がご健在でいろいろとご支援を賜りました。すでに懐かしい思い出になりました。


10月1日(木)には、中間市中央公民館の講堂で「平成27年度高齢者講座きらめき大学」という事業が、60歳以上の男女約百数十名のご参加で、『小梅姐さん』の上映と増永Pによる講演という形で行われました。

制作当時、R60指定映画などと冗談めかして紹介したりしていましたが少なくともあれから8年、一抹の不安を抱えての現場でしたが、そうした杞憂は吹き飛ぶほどの喝采を頂くことになりました。

 

 

 

 

 

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水谷八重子さんから 春一番


水谷八重子さんからのご案内です。
三月中に頂いていたのですが、掲載が遅れてしまいました。
相変わらずのご活躍!それはもう、ほんとうに素晴らしい!

 

やっと寒い冬から脱出のきざし、
お変わりなくお元気にお過ごしのことと、
お慶び申し上げます。 

春一番は、藤山直実さんの母の役、月の女神で、
「スーパー喜劇・かぐや姫」です。
三月は新橋演舞場で、目一杯の三十一日まで。
四月は大阪松竹座に移って五日~二十七日まで。 

五月には、また、歌で演じたくなりまして、
素晴らしいクラシックのホール、東京、銀座の王子ホールで
アコースティックライヴをいたします。
マイクなし!本当の生声を聞いて下さい。
サポートしてくれますのは気心の知れたバンドの面々。
今回は良くご存知のミュージカルの曲も。
クイーンのロック~シャンソンも欲張ってしまいます。
是非是非、応援にお出かけくださいませね。 

六月は三越劇場で「新派名作公演」松竹創業一二〇周年記念公演で、
私は「残菊物語」のおとくを演らせて頂きます。
どうか、神さま!と神頼みの心境ではございますが頑張って
見事に肺病を患い哀れに死んでご覧に入れます。
よろしく、よろしくお願い申し上げます。
八月にはレコードデビュー六〇周年で三十七年ぶりにアルバムを出します。
五〇年代の映画主題歌、ご期待くださいませね。 

ご健勝ご多幸をお祈り申し上げます。
水谷八重子

http://yaekomizutani.com/index.html
水谷八重子オフィシャルウェブサイト

 

八重子さん、最近の話題では、がんの再発を公表したなかにし礼さんの「なかにし礼と12人の女優たち」というCDアルバムに、そのお一人として参加、いいお仕事を続けられています。

百花繚乱! 珠玉の名作を彩る豪華女優陣の競演! 2015年に作詩家・作家生活50周年を迎える、なかにし礼。その多くの大ヒット曲や隠れた名曲の数々を、映画・舞台・ドラマ等を通じて縁のある12人の個性豊かな女優たちが表現力豊かに歌唱する画期的なアルバム。 

八重子さんは、「時には娼婦のように」(作詩・作曲:なかにし礼/黒沢年男 1977年)を歌われています。

 

 

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謹賀新年


明けましておめでとうございます。
低気圧の発達で大荒れの予報通りなのか、昨年とは違って北九州の元日は、耳をつんざくような凄まじい未明の雷鳴に始まり、日中は時折りくっきりとした青空が広がり陽は差すものの、夜のうちにうっすらと降り積もっていた家並みの雪を溶かすまでもなく寒風にさらに雪が舞う冷たい一日でした。

小梅姐さん』も完成から今年ですでに8年目に入りました。
昨年は、本條秀太郎さんの「小倉で『小倉節』を!」との思いが結実した「本條秀太郎の会特別公演~『小倉節』によせて」を、ご当地北九州市小倉で開催、この映画が契機となって具体化した私たちにとっては大きな催事でした。

そして、この公演が弾みをつけてくれたかのように、NHK総合テレビが「民謡魂 ふるさとの唄」という番組を北九州市で公開収録し全国放送、姐さんと『小倉節』を大きく取り上げてくれました。なおこの番組はその後、海外在住の日本人や旅行者向けのチャンネルNHKワールドプレミアムでも放送されました。

それが要因かどうかわかりませんが、最近(昨年10月以降)では、ロシア、ドイツ、チェコ、アメリカ、カナダ、ブラジル、インド、インドネシア、シンポール、バングラディッシュ、中国、台湾、韓国(順不同)など海外各地からもアクセス頂くようになりました。相変わらず多く訪れて頂いている国内の方々共々、更新の頻度が鈍くなってしまい申し訳なく思ってはいるのですが、時の経過は薄っぺらな記事ではあってもそれなりに集積、結果としてアーカイブ化され、そうした過去の記事が読まれたりもしているようです。”時間”の重さやその痛み、切なさのようなものを感じてしまいます。

今年は、今のところ大きな予定も新たな動きもなく、そうそう期待もできない現状でますます更新の頻度は鈍ってしまうかもしれませんが、もちろん本サイトは維持し続けます。
映画『小梅姐さん』と赤坂小梅、そして当サイトへのご愛顧を、引き続き今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


 

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合掌 安井昌二さん

昨年11月の、島倉千代子さん逝去の哀しみも癒えぬのに、本日、安井昌二さんの訃報が伝えられました。

 

 

安井昌二さん死去 映画「ビルマの竪琴」主演

2014年3月5日05時00分 朝日

 新派の俳優として活躍し、映画「ビルマの竪琴」でも主役を務めた安井昌二(やすい・しょうじ、本名・四方正雄〈よも・まさお〉)さんが3日、急性心不全で亡くなった。85歳だった。葬儀は近親者のみで行う。後日、しのぶ会を開く予定。

 1956年、市川崑監督の「ビルマの竪琴」で竪琴の名手、水島上等兵を好演して注目を集めた。テレビドラマ「チャコちゃん」シリーズでは、実の娘でチャコちゃん役の四方晴美さんと共演、お茶の間でも親しまれた。63年に劇団新派の公演に初参加、68年に入団。中心俳優として、「婦系図」の早瀬主税など数々の役を務めた。

 

 
安井さんへのインタビューは、2007年2月20日、鎌倉の閑静な住宅街にある当時お住まいのご自宅で行いました。前年の12月に、最愛の伴侶、ご夫人の小田切みきさんを亡くされたばかりで、取材の申し入れを取り次いで頂いたお身内の方から、かなり憔悴されているという近況も伝えられていました。

実際にお会いした安井さんは、確かにそうした風情が感じられなくもありませんでしたが、やはり長年日本の映画演劇界の第一線に立ってきたという、そういう存在感とダンディズムともいうべきお洒落なたたずまいが同居して、案ずるまでもない和気藹々とした雰囲気の中で撮り終えることができました。

そして「色気というものは作ろうと思っても作れるものじゃない」と、俳優としての観察眼から、共演した際の姐さんの存在感について、大変貴重な証言と当時の思い出を語って頂きました。

この取材の2年後でしたか、ご夫人との思い出がいっぱい詰まっていたであろう鎌倉のお住まいから、浦安の方に転居されました。
屹然と前に向かう安井さんの役者・俳優としての矜持を垣間見た思いで、思わず居住まいを正したことを覚えています。

実際に安井さんは、遺作となった昨年7月の山田洋次監督演出の新派南座公演『東京物語』まで、果敢に第一線を貫かれました。衷心よりご冥福をお祈りいたします。

合掌。

 

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「雲のうえ」の小梅姐さん


「刻々と変わりゆく北九州市の『いま』を描き出す」
雲のうえ
という北九州市の情報誌があります。<詳細は⇒http://lets-city.jp/seen/kumonoue/

「まちのにぎわいを創出するには、北九州市の『魅力』を市内外の多くの方々に知っていただく必要があります。情報誌『雲のうえ』は、北九州市のにぎわいづくり推進の一環として、刻々と変わり行く北九州市の『いま』を、毎号ひとつのテーマに沿って描き出す新しい情報誌です。
北九州市の『魅力』を広く紹介するとともに、市民の皆さまにも愛される冊子づくりを目指します。」

とのコンセプトのもと、これまで18号が発行され、酒場、市場、工場、島、劇場、娯楽・・・、というふうに、文字通り丸々一冊1テーマで北九州市を紹介、好評を博しているものです。

この最新19号(11月20日発行)のテーマは”、「とどけ、歌。という特集です。
北九州市歌を扉に、合唱組曲北九州、北九州童謡・唱歌かたりべの会、北九州少年合唱隊や同アカデミー少年少女合唱団、「若松ごんぞ歌」から企業のCMソング、音楽関連団体などなど、北九州市の”歌”に関する情報が並んでいます。

その中に、小梅さん、からんころん。~赤坂小梅と小倉節と題して、第1回古本小説大賞受賞者で、これまで芥川賞候補二度の実績を持つ作家の石田千さんが、8ページを費やして姐さんのことを書いてくれています。

からんころん。
文字通り下駄の音が行間から聞こえてきそうな、ノスタルジックな文体の中に姐さんが生きています。旧小倉市史や旧八幡市史はもちろんのこと、北九州市史にも載ることのなかった姐さんが、情報誌とはいえ、しっかりと足跡を残すことになりました。

赤坂小梅」を、北九州市の<歌>のシーンに選んで頂いた関係者の皆様に、そして石田千さんと編集スタッフの皆様に、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

そして小倉節です。

 思い出したら、またおいで。
 永遠の美声に、またひとが集う。

石田千さんの、「本條秀太郎の会特別公演~『小倉節』によせて~」へのエールです。


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水谷八重子さん

先日お電話を頂いた。
ミズタニヤエコデス」と。

直接ご本人からお電話を頂くなど、考えてもいなかったのでいささか戸惑ってしまいましたが、紛れもなくあのお声です。

映画をご覧になった皆様には、あのハスキーで、低く深みのある八重子さんのナレーションを印象深くご記憶のことと思います。事実この作品は、八重子さんのナレーションを得てより高みへと駆け上ることができた、と思っています。

ナレーションのキャスティングについては紆余曲折がありました。
八重子さんへの依頼は、実は最後の最後、ダメもと承知でのお願いでした。

当時八重子さんは、ご自分の主演するお芝居を抱え、さらに、胸の違和感から3ヶ月の安静加療が必要になった池内淳子さん主演のお芝居の代役もお受けになったという大変な時期、文字通りダメもと覚悟の打診でした。
松竹のご担当者も「恐らく無理だろうが話は伝えます。期待せずに待っていて下さい」とのことでした。

そして、出演快諾!
まさか、という成り行きでした。

決め手は、やはり姐さん。
八重子さんのお母さんである先代水谷八重子さんは、姐さんと一歳違いの大の仲良し。
お芝居にも、姐さんのゲスト出演という形で共演されています。
(映画の中で、安井昌二さんへのインタビューのシーンで使っている舞台の写真はその一例です。)

そういうご縁で、姐さんの為なら、と快諾して頂きました。
嬉しかったですね。

収録は、東京テレビセンター
地元川崎町での完成披露試写会を二日後に控えての、まさしくギリギリの収録。
振り返ってみれば文字通り綱渡りの日々でしたが、それでも当日は、八重子さんのお人柄にもよるのでしょうか、さしたる緊張感もなく和気藹々とした雰囲気の中で終えることが出来ました。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、肝心のお電話の件。
来る11月、福岡・博多座でのご公演が決まったそうで、そのご案内を出そうとしたら一部住所がわからず、確認のために電話をしたのだそうです。

八重子さん自ら!
恐縮至極です。

そのご公演のご案内です。


 博多座11月新派特別公演   
「麦秋」「滝の白糸」2本揃い!

 小津安二郎×山田洋次×劇団新派
 山田洋次監督50周年 山田洋次 脚本・演出
 麦秋
 <小津安二郎の秀作「麦秋」を山田洋次が舞台用に脚本を書き下ろし自らが演出、そして
 劇団新派によって演じられるという、奇跡のコラボレーションによって、東京公演でも大評
 判を呼んだ作品が遂に博多座に登場です。>
 出演/水谷八重子、安井昌二、波野九里子、英太郎、ほか

 原作/泉鏡花 
 滝の白糸
 <新派屈指の人気狂言として幾度も上演を重ねてきた、泉鏡花原作の名舞台。劇中で披
 露される水芸も必見。美貌の太夫・滝の白糸の哀しくも美しい恋物語を新鮮なキャストでお      届けいたします。>
 出演/市川春猿、市川笑三郎、井上恭太、市川月の助

 期日:11月20日(火)~25日(日)
.

映画ファン、特に小津監督ファンや山田洋次監督ファンには堪えられない、必見もののたいへん魅力的な番組ですネ。
安井昌二さんも来演されるようです。

九州の皆さん、この機会にぜひお運びを!

詳細は、以下へ
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NHK-FM「日本の民謡」で姐さんの唄、放送予定!

NHK-FMで来週27日と来月4日、姐さんの黒田節が放送されます。

放送:NKK-FM「日本の民謡」:なつかしの名人芸特集[西日本編]
日時:3月27日(日)11:00~11:50
    4月 4日(月) 5:00~ 5:50(再放送)

番組の詳細は、NHK民謡番組のホームページ(民謡なんでも広場)をご覧ください。

NHK民謡なんでも広場
http://www.nhk.or.jp/minyo/index.html

なお、この情報は、民謡歌手・小沢千月さんのホームページ民謡 小沢千月の管理人の方から届けて頂きました。
先の大戦後、都内にいた姐さんが、NHKの要請で逸早く歌手仲間などと共にラジオを通して唄を届け、人々を勇気づけたというエピソードを思い起こします。
<歌う>ということはまさにわれわれの体の活動そのものであり、またむしろわれわれの全存在であるともいえるのである。」(クルト・ザックス『音楽の起源』皆川達夫、柿木吾郎訳)
遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば 我が身さへこそ動(ゆる)がるれ」(『梁塵秘抄』)
全身全霊のウタ声は、遊びに夢中のこどもたちの純真無垢の声に通じ、聴くものをして身体全体をゆるがすような感動を呼び起こします。
ウタが聞こえる、ウタが唄える・・・
一刻も早い復旧と、一日も早い平穏な日々の回復を、心から願っています。
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邦楽ジャーナル

ところで、1月中旬を目途に再開をじりじりとして待ったのは、姐さんの祥月命日と共に、「小梅姐さん」登場の、この邦楽ジャーナルのことがありました。なにしろ新年1月号、少しでも多くの皆様に直接本誌を手にとって読んで欲しかったのですが、間に合いませんでした。ただ、バックナンバーの注文は受け付けられているようですから、ご希望の方はどうぞご注文下さい。
邦楽ジャーナル

さて、その内容は、新年の特別企画「2010年リリース盤聴きくらべ」というテーマの特集。
「2009年11月~2010年10月にリリースされた175タイトルから選び出した2枚を“対決”!」として、執筆者がそれぞれテーマを決めた以下のような“対決”が展開されています。 

 宮城道雄の作品を扱ったCDの対決、
 津軽三味線コラボ対決、
 
尺八ライブ盤対決、
 太鼓教則DVD対決、
 奈良の古楽対決、
 笛吹きの想い対決、
 多重録音対決、
 そして我が「小梅姐さん」は、民謡の担い手新旧対決に。

 題して「小梅姐さんVS瞽女軍団」。執筆は、山口大学教育学部准教授の斉藤完さん。
というわけで、この際「小梅姐さんVS瞽女軍団」を以下全文ご紹介。 

 民謡の担い手のなかでも、最も華やかな存在であろう「芸者歌手」と、その対極に位置するであろう瞽女。
 対決しないわけにはいかない。
 DVD「小梅姐さん」では、花柳界出身の赤坂小梅の一生が、「歌謡界に民謡を確立した」という視点で振り返られている。自ら望んで芸の道に進み、戦時中の慰問を通じて民謡の力に目覚めて以降、民謡を積極的に歌うようになり、引退後もその普及に努めた。あくまでも歌一筋な姿勢は、家事は「何もしない人」という証言(しかもふたりに言われる始末)で補強されている。 

 一方の「瞽女さんの唄が聞こえる」は昭和46年の映像を核にして最後の高田瞽女の存在を知らせるのが趣旨であるようだ。盲目の彼女たちは、幼いころに「按摩か瞽女か」と迫られて音曲の世界に入り、娯楽としての歌を提供するために農村をめぐる生活を送った。映像では炊事や掃除をする様子、さらには相互扶助組織の存在が紹介され、自立していた姿が明かされている。 

 ことごとく対照的なのだが、とりわけ近代の産物としての「芸者歌手」、伝統文化の伝承者としての瞽女という観点から見ると、違いはさらに興味深いものとなる。小梅姐さんの民謡の伴奏の多くは、モダニズムよろしく三味線と洋楽器の組み合わせとなっており、瞽女軍団のそれは三味線のみとなっている。マスメディアを媒体とした姐さんに対して、軍団は一貫して徒歩による村めぐりである。姐さんは発掘した民謡を改作して(「エロっぽい」歌詞を直したり、さまざまなバリエーションを正調に一本化したりして)世に送るが、軍団は「昔ながら」の歌を歌い続けた。 

 だが待てよ、と思う。瞽女が娯楽提供者として機能していたのなら、新しいレパートリーの確立にも意欲的ではなかったのだろうか。事実、解説書(?)をよく見ると流行歌も歌う事が記されている。しかし、映像では「古い伝統」「長く続いた歴史」が強調され、彼女たちの音楽文化がもっていたはずの動的な側面には触れられていない。 

 そんなワケで、軍配は小梅姐さんに上がるのだが、最大の決め手は収録時間。瞽女DVDは記録映画と瞽女歌で構成されているのだが、映画部分が34分とはあまりにも短い・・・。

邦楽ジャーナル1月号・特集①新年特別企画「CD&DVD聴きくらべ
民謡の担い手新旧対決・小梅姐さんVS瞽女軍団/斉藤完(みつる)・山口大学教育学部准教授

 

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みんよう春秋

以前にもご紹介しましたが(⇒クリック)
みんよう春秋という、民謡の専門誌があります。

最新号(9月20日発行)に、先月4日に行われた埼玉県飯能市での上映会の模様が、前回同様、当委員会上映プロデューサー川井田浩平のレポートで紹介されました。

みんよう春秋様には、いつもながら大変感謝しています。どうもありがとうございました。

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祝辞 森博幸鹿児島市長

三つの自治体の首長から発行して頂いた推薦状に対して、2008年5月11日に行われた第11回鹿児島県民謡まつり(財団法人日本民謡協会鹿児島県連合委員会様主催)でオープニングを飾った上映では、森博幸鹿児島市長より祝辞が寄せられました。

上映会のレポートの際にもご紹介していますが、今回の流れに沿い再掲させて頂きました。
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祝辞

本日 赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」が多数の皆様ご来場のもと 本市において上映されますことを 心からお慶び申し上げます

 赤坂小梅さんは「黒田節」や「おてもやん」などの民謡を掘り起こし その普及に努められ 数多くの民謡を全国に広められ 大正・昭和の激動の時代を唄一筋に生き抜いた歌手として広く知られております

 地域の風土や庶民の日常生活から生まれ 郷土色や人情が豊に織り込まれております民謡は 人々に親しまれ 育まれながら保存・伝承されてきたものであり 今後も末永く引き継いでいかなければならない貴重な伝統文化であります

 赤坂小梅さんのドキュメンタリー映画の上映をとおして 唄を愛し唄に尽くした『稀代の歌手・赤坂小梅』の女の生き様をみていただき 日本人の心のふるさとでもある民謡のもつ豊かさを 多くの幅広い世代の市民に 楽しんでいただきたいと存じます

 終わりに 赤坂小梅生誕100年本記念映画製作上映委員会の皆様のこれまでのご尽力に深く敬意を表し このたびの上映が成功されますことを心から祈念いたしまして お祝いのことばといたします

平成二十年五月十一日

鹿児島市長  森 博幸 鹿児島市長印

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推薦状3 北橋健治北九州市長

3人目は北九州市北橋健治市長です。
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赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」推薦状

 時下ますます御清栄のこととお喜び申し上げます。
北九州市政につきましては、平素から格別のご協力を賜り、誠にありがとうございます。

 さてこの度、赤坂小梅生誕100年を記念し、同映画製作上映委員会により、標記映画が製作されました。

 赤坂小梅さんは、福岡県筑豊地区の川崎町に生まれました。
唄が大好きだった小梅さんは、現在の北九州市で芸者を志すことになりますが、その際、野口雨情、藤井清水らに才能を見出され、全国デビューを果たしました。

 大柄な体格に見合った豪快な性格と、芸者として鍛えた巧みな歌唱力は、大正、昭和の民謡界、歌謡界で一時代を築きました。

 このような素晴らしいスターが、本市で大きく羽ばたいたということに、強い感銘を受けております。
小梅さん自身も、第二の故郷として本市をとても愛し、数多くの地元にちなんだ民謡を残されています。

 本市における上映会では、大変な反響を呼び、多くの方々に好評を頂きました。
ぜひ貴市におかれましても、この映画を上映していただき、赤坂小梅さんという稀代の大歌手を再認識していただくとともに、唄のすばらしさ、民謡のすばらしさを感じていただきたいと存じます。

 併せまして、北九州市を知っていただくきっかけとなれば幸いでございます。
今後ともご高配賜りますよう、お願い申し上げます。

平成20年2月吉日
北九州市長 北橋健治 北九州市長印

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推薦状2 伊藤信勝田川市長

2回目の今回は、田川市伊藤信勝市長の推薦状です。

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赤坂小梅生誕100年記念ドキュメンタリー映画「小梅姐さん」を推薦します

田川市長 伊藤信勝 田川市長印

 小梅姐さんと皆から慕われ、かつて一時代を画した赤坂小梅さんが、生誕100周年記念映画「小梅姐さん」としてスクリーンによみがえりましたことに対し、心よりお慶び申し上げます。

 明治39年に福岡県川崎町で生まれた赤坂小梅さんは、16歳の時に芸者を目指し北九州の八幡と小倉で修行を積み、持ち前の歌唱力が野口雨晴らに認められレコードデビューを果たしました。

 その後上京してからは流行歌や民謡を歌い上げ数多くのヒット曲を生み、「黒田節」や「月が出た出た・・・」で有名な田川市発祥の「炭坑節」を全国に知らしめるなどの活躍をされ、NHK紅白歌合戦には計4回も出場をするなど、国民からの支持を一心に集めました。

 また、芸者時代に鍛え上げた歌唱力だけではなく、小梅さんの川筋気質に見られる気っぷの良さや大らかで太っ腹な性格に対しても、芸能界はもとより多くの文化人や政財界人から慕われることとなりました。

 明治、大正、昭和、平成の4時代を生き、戦争の混乱期も経験した小梅さんの功績は、民謡をテレビやラジオで紹介し、大衆音楽の中に「民謡」というジャンルを確立したことにあります。

 こうした偉大な功績を残してきた小梅さんの歩んできた足跡が、当時の映像と関係者の証言を交えた形で映画化されたことは、誠にもって喜びに絶えません。

 映画「小梅姐さん」の中には、戦争の混乱期を経て戦後復興を遂げた日本のすぐそばに小梅姐さんの歌があったことが描かれています。

 また、ともに仕事をしてきた歌手の方々はみな小梅さんの唄の素晴らしさを称え、同時にその温かい人間性に対し尊敬の念を表する姿も映画の中に映し出されています。

 この後世に残すべき映画「小梅姐さん」を、一人でも多くの方々に見ていただき、小梅姐さんの生き様と民謡の素晴らしさを味わっていただければと思います。

 小梅さんの精神はふるさと田川において今もなお息づいており、田川市で毎年秋に開催されております「TAGAWAコールマイン・フェスティバル~炭坑節まつり~」では、メインイベントである「炭坑節総踊り」において、小梅さんの唄う炭坑節のメロディーに合わせて2千人の市民が炭坑節を盛大に踊って祭りを盛り上げています。

 映画「小梅姐さん」を堪能した方々におかれましては、現代の田川の祭りの中で生きる「赤坂小梅」さんにもふれていただきたいと存じます。

 映画「小梅姐さん」上映の裾野が、今後全国津々浦々まで広がることを心より祈念いたしまして、私の言葉といたします。

平成20年3月吉日

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