NHKラジオ第一放送で26日(土)、年忘れ!夢の紅白歌合戦という、過去59回にわたって繰り広げられた紅白歌合戦の、“時代を超えた夢の対決”というラジオならではの番組が3時間半にわたって放送されました。
姐さんは第4回出場時の“おてもやん”で登場。対する白組は氷川きよしさん。昨年出場した際の“きよしのズンドコ節”で先行。まさしく“時代を超えた夢の対決”という趣きで、当代きっての売れっ子演歌歌手である氷川きよしさんとの組み合わせは、歌謡界における姐さんの位置を示すのに充分という放送でした。
“唄うことが楽しいという小梅姐さんの言葉もございます”、という男性アナの紹介がありました。
映画が完成した後、宣材(ポスター、チラシ)やパンフレットの制作に入るのですが、その際、姐さんを体現する言葉が、それも姐さん自身が発した言葉が欲しいと思い、再度資料や証言をあたりました。その中で見つけたのがこの言葉で、それはラジオのインタビューの中にありました。パンフレットの表紙見返しに大きく扱い、チラシには裏面の左肩、タイトルの横に配しました。
百歳まで生きて唄おう、
百歳以上になっても
唄っていたい、
その意気でなければ
ダメなんですよね。
唄えなきゃ
何にもなりゃしない。
唄うことが
楽しいんですもの。
赤坂小梅
この言葉は、インタビューでは問いに対する答えというふうに流れの中で語られていました。こんなふうに姐さんの思いを託す言葉として記録することで、まさしく小梅の言葉として命を持ち始めています。この映画製作のささやかな副産物なのかもしれません。
この夏、小倉時代の姐さんと一緒に踊りを習っていたという人が、今もご健在で大分県にいっらしゃるという情報が寄せられました。過日、私たちはこの情報をもたらして頂いたFさんのご案内で、お話を伺いに出向きました。
宗カズエさん。1916(大正5)年1月15日生まれ。
姐さんより10歳年下です。
旧小倉駅前(移転前の駅舎は現西小倉駅の東200メートル付近)にあった「富士屋食堂」の娘で、6歳下の妹、君子さんと、旧小倉市大門(だいもん)の路面電車電停前にあった“浅野舞踊団”で踊りを習っていたそうです。
姐さんの自伝「女の花道」によると、この浅野舞踊団こそが、藤井清水、野口雨情らに小倉花柳界一の美声として小梅を引き合わせ、その後の彼女の活躍の契機を作ることになるのですが、そこには芸妓たちだけではなく、宗さん姉妹のような一般の婦女子も習いに行っていたようです。
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30日(土)、福岡県糟屋郡新宮町のそぴあしんぐうで行われた上映会は、決定からわずか一月足らずの準備期間という条件にも関わらず、300人のお客様にご来場いただきました。
主催してくれたHさんの持ち前の行動力、ドライヴ感というかそのスピード、そして何より人徳で、このマイナーの極みともいうべき本作を、ここまで立ち上げてくれました。
また、そぴあしんぐうを運営する財団法人新宮町文化振興財団の、松尾理事長をはじめとする職員スタッフの力強いご支援とご協力がありました。上映環境もほんとにいい形で作り上げて頂きました。
新宮町文化協会や監督山本眸古の出身校である福岡県立新宮高校同窓会の応援がありました。
直接、間接お客様からの声も寄せられました。
・小梅姐さんの唄の度に拍手しようと手が反応していて、最後は私から拍手しようとしたら周りから拍手が起こった。
・気がついたら拍手していた、という感じ。すごく自然に。
・上映後拍手なんて聞いた事もした事もありませんでした。本物は凄いですね。
・夜勤明けにも関わらず、すっかりハマって見ちゃいました。大好きだった患者のおばーちゃんとだぶって、、、おてもやんと炭鉱節が得意なカッコイイおばーちゃんがいたのでした。民謡が心地良く、私もおばちゃんになったのねと感じました。母たちも喜んでました。心のリフレッシュができ、ありがとうございました。
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諸条件からすれば大成功といっていい上映会となりました。
これで、シネテリエ天神での公開に少しは弾みがつきそうです。
また、戦時中実際に姐さんの慰問を受けたという方が、「懐かしくて」と来場されました。
陸軍航空総軍直轄第52航空師団(師団長:山中繁茂中将)所沢航空教育隊(隊長:毛利敬四郎中佐)所属の少年航空兵。
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桜の見頃となりました。
そして、直方では『小梅姐さん』満開です。
日時:3月30日(日) 開場:12時30分 開演:1時30分
会場:ユメニティのおがた大ホール(直方市山部364-4 電話0949-25-1007)
前売り券発売中!800円(当日1000円)中高生200円、小学生以下無料
問合せ先:0949-26-2697(直方文化連盟事務局)
☆直方文化連盟のホームページ
さて、直方市と小梅姐さんの関わり、古い新聞記事からご紹介しましょう。
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