2010年01月28日

大浜音頭(碧南市)

姐さんのレコーディングした民謡がまた1曲見つかりました。

大浜音頭(作詞:河井醉茗 作曲:藤井清水) 碧南市

情報をご教示頂いたのは、今回もまた北九州SPレコードを聴く会を主宰する安部嘉郎さん。
「小倉旭券梅若の名で大浜音頭という曲がビクターから出ており、作詞:河井醉茗、作曲:藤井清水の新民謡、とりあえずお知らせを」というものでした。

ネットでの検索で、愛知県碧南市に同名の民謡があることを確認し、同市の観光協会に問合わせたところ、早速大変ご丁寧なお返事を頂きました。

レコード化された際の歌手まではわかりませんでしたが、作詞作曲者が同じなのでまず間違いないと考えてよさそうです。
お返事によると、現在では知ってる人もほとんどいないそうで、地元の一部の方が今でも踊ることがある、ということだそうです。

なお、そのいきさつについては、この音頭が唄い踊られていた大浜地区の散策の拠点で憩いの場でもある「まちかどサロン」という施設にあった展示物から、また「大浜音頭」の歌詞は、碧南市史料第53集からのものだそうです。


大浜音頭物語
「大浜地区は、漁業や海運の基地として古くから栄えたところ。近くの玉津浦や新須磨の海岸は、三河湾屈指の海水浴場としてにぎわいました。
『大浜音頭』は、こうした繁栄を背景に大正の初めころつくられたようです。当時の有名な詩人河井酔茗の作詞、藤井清水の作曲です。また島田豊が振り付けを行っています。昭和初期にはレコード化され、宴会などの場で歌われました。
『大浜音頭』は、みりん、三河木綿などの大浜の特産物、名所旧跡、歴史が詠みこまれたゆったりしたメロディーの民謡。戦争が激化するとともに歌われなくなり、戦後、市民が口ずさむことはすっかり少なくなってしまったようです。」

ちなみに、藤井清水の作曲年表によると、この曲が作曲されたのが昭和4年11月15日となっており、姐さんが清水と共にコロムビアに移籍し、赤坂小梅と名乗る昭和6年頃までの間に吹き込まれたものだと思われます。

ただ、この「大浜音頭物語」にあるように、大正の初めころに作られたようだ、ということであれば、元唄となるようなものがあったのかもしれません。いずれにしろ、以前このサイトで紹介した「ノーエ(農兵)節」(三島市)のいきさつのように、新民謡大浜音頭として結実していくまで、作詞作曲者の取材はもちろんレコード発売のキャンペーンなど、様々なドラマが展開されたことでしょう。

大浜音頭  作詞 河井醉茗 作曲 藤井清水

1)出船 入船 もやい船 此処は大浜 良い港
  ヨイサァ来て見よ 衣ヶ浦にヨー そらエンサカホイ
風は吹いてもトコセ波立たぬヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

2)うわさァ 菊間藩 陣屋跡 由緒訪ねりゃ 鐘が鳴る
港橋から浜辺へ出ればあヨー そらエンサカホイ
町は広がるトコセ灯は続くヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

3)音に聞えた 大浜味醂 それになすびのからし漬
三河木綿もお国の自慢 そらエンサカホイ
着せてやりたやトコセ織りあげてヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

4)夏の海なら キスを釣り 秋の海なら ハゼ釣るー
行こか新須磨 名所の一つヨー そらエンサカホイ
拾って見たいよトコセ子安貝ヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

5)月のほかには たれが見る 波のほかには たれが聞く
君と嬉しや 小舟の中でヨー そらエンサカホイ
晴れて月夜のトコセ玉津浦ヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

6)好いたお方の どこに似たあー 歩く姿にちょいと似たー
松が笠ぁさす 権現崎ヨー そらエンサカホイ
雨は降らねどトコセ笠松がヨー ハーアサラリョーサラリョー サンサラリー

もちろん民謡リストに追加いたしました。

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