2008年07月29日

「ノーエ(農兵)節」続報

先日(6月25日付け)お伝えしていた三島市での「農兵節」“幻の昭和7年盤”についての続報です。

いろんなことが“発見”され興味深い情報が集まっているようです。
たとえば、姐さんが吹き込んだノーヘ(農兵)節のレコードが、3種類見つかったこと。

○昭和9年盤「ノーヘ(農兵)節」大村能章編曲(タイトルは右横書)丸山和歌子「ノーヘ(農兵)節」とのカップリング

○昭和26年盤「ノーヘ節」(タイトルは左横書)昭和9年盤と同じカップリング

○昭和30年盤「ノーへ節」(タイトルは左横書き)
B面は藤山一郎・赤坂小梅の「靜岡音頭」(以上3枚ともコロムビアレコード)

さらに昭和9年盤の新太陽レコードによる「三島農兵節」
唄はA面が十郎、B面が矢田孝之

そのほか、貴重な写真の数々や、戦後(時代は特定できず)、S9年盤の存在を知った姐さんが三島市を訪れ、このレコードを録音して帰ったというエピソードなどが確認されているようです。

とはいえ、件の昭和7年ビクター盤の手掛かりは杳として掴めぬままでしたが、こうした一連の動きに関心を持った地元静岡新聞が、「“幻の初レコード”探せ」と7月22日(火)の夕刊に大きく取り上げました。

三島市によりますと、掲載された直後からいろんな情報が寄せられているようですが、残念ながらまだ本件の情報はないようです。三島市では、市の広報紙8月1日発行号にも本件の探索に協力を要請する記事を掲載するそうですが、次々にもたらされる情報は、とにかく興味がつきません。

それは、姐さんが吹き込んだ200曲を超える民謡の1曲1曲にこうしたエピソードがあり、その1曲1曲が、少なからず当時の地域や人々に力をもたらし、土地の民謡として定着することで、実は今もその地域や人々に元気をもたらし続けているという、ウタの持つ底力を感じさせてくれているような気がするからです。

この三島市の例は、各地にもきっと眠っているはずのこうしたエピソードの掘り起こしの為の、貴重なモデルケースとして極めて示唆に富んでいます。

あるいは、実際に各地で語り続けられているであろうエピソードが、“小梅姐さん”をキーワードにして繋がっていく予兆を感じさせます。

7年盤の発見を、確証を、やはりおおいに期待したいと思います。
このサイトをご覧になった方で、何らかの情報をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご一報を頂ければ幸いです。

ところで、来月8月16~17日三島夏祭りには「農兵節」のパレードがあるそうで、三島市民が大々的に農兵節を唄い踊るそうです。

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