2008年05月05日
ゆたかはじめさん
沖縄在住のエッセイストで、元東京高裁長官のゆたかはじめさんが、本作の沖縄公開にあたって「小梅姐さんの迫力」という一文を寄せてくれました。これは、沖縄での上映を支援していただいているコープおきなわ様の広報活動の一助にと書き下ろされたものですが、組合員の皆様のみならず広く観賞を呼びかけようと本サイトでも紹介することにしました。
なお、ゆたかさんはプロフィールにもあるように、日本全国の鉄道をすべて完乗されており、その折々に撮影された車窓の風景など、今となっては大変貴重な映像を数多く所有されています。
本作にも、その貴重な映像の一部を使用させていただきました。
ゆたかはじめさんのプロフィール
1928(昭和3)年東京生まれ。
本名、石田穣一(いしだじょういち)
昭和26年東京大学法学部卒。東京地裁判事・那覇地裁所長・東京高裁判事・福岡高裁長官等を経て、平成4年、東京高等裁判所長官に。
同5年に定年退官後、沖縄に移住。沖縄キリスト教短大教授や、沖縄県行政オンブズマンなどを務める。鉄道友の会会員。日本全国の鉄道(JR・私鉄・地下鉄・路面電車・モノレール・ケーブルカーなどを含む)をすべて完乗した。現在は執筆や講演に多忙な日々を送る。
著書に
『沖縄の心を求めて』(ひるぎ社)『沖縄に電車が走る日』(ニライ社)『旅立ちは終着駅から』(ひるぎ社)『奥の細道 海の広道』(ひるぎ社)『自分を輝かせてみませんか』(ボーダーインク)などがある。
勲一等瑞宝章受賞。
「小梅姐さんの迫力」ゆたかはじめ
今の人たちは、汽車ポッポとか石炭とか言っても、判らないのではないか。戦前戦後にかけての鉄道は、石炭という黒い燃料を燃やし、蒸気の力でピストンを動かし車輪を回して走る蒸気機関車が主力であった。沖縄のケイビン鉄道も、蒸気機関車が引いていた。
石炭の産地は北海道や九州に多く、沖縄の西表島でも採掘されていた。一大産地の北九州筑豊地帯には、掘り出した石炭を運ぶ石炭列車が、ポッポッポと力強く煙を吐いて走り回っていた。そんな土地で生まれた赤坂小梅は、姐さん(ねえさん)と呼ばれるほどの豪放者、まるで蒸気機関車のように、戦前戦後を走り抜いた民謡歌手であった。
私はSP盤レコード時代から、小梅の歌声に親しんでいる。CD、カセット、ドーナッツ盤、LPよりも古い七十八回転のレコードである。プレーヤーは蓄音機といって、手でハンドルを回し、ゼンマイの力でレコードを回転させた。小梅はまさにそのレコードの歴史と共に歌い続けたのである。
小梅の歌う民謡は、とにかく領域が広く、本土各都道府県から、遠く樺太、台湾、朝鮮半島にまで及んだ。私の亡父が福岡の出身だったこともあり、「黒田節」「おてもやん」などをよく聴いたが、圧巻は何といっても「炭坑節」であった。あの「月が出た出た、月が出た・・」の歌は、戦後の暗い世相の中で、ひときわ明るいメロディに乗って、私たちを元気づけてくれた。耳に残っている方も多いと思う。
あの豪快な姿から、どうしてあんな美しい声が出るのだろう。それが小梅の魅力でもあり、人気のもとであった。そんな小梅の一代記が、映画になって蘇ってくる。沖縄には縁の少ない歌手ではあるが、おばぁにも負けないパワーを見せてくれる。私が八ミリフィルムで撮影した車窓風景がほんの数カット、歌声のバックに効果的に使われているので、ぜひ桜坂劇場でご覧いただきたい。
- by Felet
- at 14:20



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